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遺族が葬儀代を稼ぐために通夜で賭場を開くフィリピン。「金を払わないと棺が墓から出される」独特な死後のお金事情

集英社オンライン / 2023年7月11日 19時1分

フィリピンパブで働いていたミカと結婚した著者(中島弘象氏)が自分たち夫婦とその周りの家族の日常を書く『フィリピンパブ嬢の経済学』(新潮新書)より、国際結婚家庭のリアルな姿を一部抜粋・再構成してお届けする。

「お金頂戴言うの恥ずかしいよ。でも本当にお金がない。だから悔しいけどそうするしかない」

フィリピンの高級住宅街にある2階建てのミカの実家は、エアコン、ソファ、テレビ、オーディオなどが揃い、メイドもいて、大きなSUV車まである。これらは全てミカとミカの姉が日本で稼いだ金で買ったものだ。

日本から見ても羨むような生活をしているフィリピンの家族だが、親戚たちの多くは貧しい生活をしている。

仕事がなく平日昼間から寝転んでいる叔父さんもいる。日本で毎日忙しく仕事をしている身からすれば羨ましいかもしれないが、金も仕事もなく、毎日やる事がないというのは辛そうだ。行きたい所にも行けず、食べたいものも食べられない。金を持っているミカの家族のような親戚の家に居候をするしかないが、居候先の家族たちの視線も決してあたたかいものではないから、気を遣いながら、家の掃除をしたり、買い出しに行ったり、残りものを食べたりするのだ。



フィリピンに帰省するときに出会うそうした居候の親戚も、家に訪ねてきて「お金頂戴」と言う親戚も、表情の奥にはどこか後ろめたい気持ちがあるようだった。

「お金頂戴言うの恥ずかしいよ。本当は言いたくない。でも本当にお金がない。だから悔しいけどそうするしかない」

ミカも昔は親戚の家に居候生活をしていたから、親戚たちの気持ちがわかると言う。

写真はイメージです

どうしよう。おじさんが倒れたって

そして、貧しさは命に関わる。

「どうしよう。叔父さん(子どもと再会した叔父とは別の叔父)が倒れたって。今、病院にいるみたい。従妹から連絡があった」

ある日、家に帰ったら目をパンパンに腫らしたミカが、泣きながらスマホの写真を見せてくれた。つい数カ月前、ミカとフィリピンに帰省した時に会った叔父さんが、酸素ボンベをつけて病院のベッドに寝ている。

「昨日の夜、すごい頭が痛いって言って、病院に行って先生待ってる間に倒れた」
ミカが僕に説明している間に、叔父さんの子供からミカにビデオ通話がかかってきた。

「叔父さんの容態はどう? 危ないのね。日本からもお祈りしてる。お姉さんと話してお金送るからね」
叔父さんの奥さんは子供の隣で心配そうに座っている。姉と話し合い、いくらか我が家からも金を出すことにした。

「お金がない」という理由で、病院にも行かず

「ごめん。叔父さんの病院のお金少しもらってもいい?」

この時ばかりは、さすがに嫌とも言えない。倒れた叔父さんは控え目で、「お金を頂戴」とも言わず、ミカの方から少しだけ金を渡すと、「ありがとう」と喜ぶような人だった。奥さんとも仲が良さそうで、まだ小さい子供がいる。

「叔父さんすごく優しかった。子供の時、ずっと面倒見てくれたし、遊んでくれてた。なんでこんなことになっちゃうの」

数カ月前から頭痛がすると言っていたそうだ。だが「お金がない」という理由で、病院にも行かず、「お金上げるから検査をして」と、ミカが日本から連絡しても「大丈夫だから。俺は元気だから」と断っていたという。

日本からフィリピンへ送金しているというと、フィリピンのすべての親戚が金を要求しているように思われがちだが、実際は人による。「体調が悪いから薬代をくれ」と毎週のように連絡をしてくる親戚もいれば、本当に体が不調なのに一切相談もせず、病気が悪化してしまう親戚もいる。

写真はイメージです

50代で亡くなったおじさん

翌日、叔父さんは病院で息を引き取った。まだ50代だった。

最後にフィリピンで会った時は、奥さんと子供たちを連れてミカの家に遊びに来ていた。「外国人」の僕にも、ニコッと笑い、挨拶をしてくれ、一緒に軒先でビールを飲んだ。

ミカはビデオ通話をしながら泣いている。スマホの奥にいる叔父さんの家族たちも泣いている。僕は黙って金を渡す。

「これ、葬儀代に使ってもらって」
「ありがとう」

もし亡くなるとわかっていたら、最後に会った時に少しばかりお金を渡しておけばよかったと後悔する。せめてそのお金で最期に、美味しいものを食べて、家族で楽しい時間を過ごすことができていたら、と──。

通夜にはギャンブルがつきもの

自宅に戻ってきた叔父さんは、棺の中に入れられていた。バロンタガログという、フィリピンの伝統的な衣装を着せられていた。棺の周りには、花束が飾られ、蠟燭が灯されている。

フィリピンの通夜では、ギャンブルが行われる。遺族が葬儀代を稼ぐために賭場を開くのだ。亡くなった人の親戚や友人だけでなく、誰でも参加できる。

僕も学生時代、フィリピン人の友人を訪ねて行ったとき、見ず知らずの家庭の通夜に行ったことがある。礼儀として、棺の前でお祈りをし、遺族の方に挨拶をしたが、突然来た外国人にも丁寧に挨拶してくれた。

軒先に用意されたテーブルで、大人たちがトランプで賭ける。友人が賭けているのを見ていたら、コーヒーが出され、タバコも貰え、キャンディーなどもすべて無料で出てきた。見ず知らずの人が来ても、至れり尽くせりで驚いていると「これがフィリピンの文化さ」と友達は、出されたタバコを口に咥え、手札を確認した。

叔父さんの通夜でも、親戚や近所の人たちが夜通しトランプで賭け事をしていた。

葬儀の日。

葬式は教会で行われた。日本にいるミカは、ビデオ通話で参加した。参列している人たちは、日本のように喪服ではなく、白色のTシャツに短パン、サンダルといった格好だ。

教会から墓地まで、棺を乗せた車を先頭に、その後ろを行列を作ってゆっくりと歩いて行く。棺を乗せた車からは大音量で故人が好きだった曲が流れる。墓地に行き、コンクリートで作られた墓の中に棺を入れて埋葬される。

草が生い茂り、お菓子の袋やゴミがそこら中に落ちている墓

僕がミカと結婚してから、今までに4人、ミカのおじとおばが亡くなった。

大方は脳梗塞、心筋梗塞、糖尿病が原因だ。脂っこい食べ物と甘い飲み物を毎日とるから、生活習慣病を抱えている人が驚くほど多い。体の調子が悪い人も珍しくなく、50代を超えた頃から亡くなる人も出てくる。

最近では、フィリピンに帰省する度に、会わない間に亡くなった親戚の墓参りに行く。乗り合いバスや、バイクタクシーで共同墓地まで行く。

共同墓地にはコンクリートで作られた、集合墓が並んでいる。カプセルホテルのように、3段、4段と重ねられた区画に棺が納められている。日本のように綺麗に整備されておらず、区画の大きさもバラバラだ。火葬はしない。

「この辺りだったな」と、案内してくれる親戚たちも、墓に刻まれた名前を確認しながら探す。草が生い茂り、お菓子の袋やゴミがそこら中に落ちている。一緒に来た子供たちは知らない人の墓の上をピョンピョンと飛び回る。

「こりゃ死んでも、知らない人たちに踏まれたり、ゴミを捨てられたりで、静かに寝れないな」と、ミカにいうと、
「そうだね。日本はお墓きれいだし静かだもんね。フィリピンは死んでもうるさいわ。私も、死んだら日本のお墓がいいわ」などと言う。

墓を見つけると、墓地の外で買ったキャンドルに火をともし、墓前に立てる。
「兄貴、ミカが来たぞ。天国から見てるか?」と、亡くなった叔父の弟が言う。

何年かすると棺が出されて燃やされる墓地…金を払えば免除

一緒に来た人たちは、他人の墓に腰を掛け、持ってきたお菓子を食べている。国が違えば、埋葬方法も、墓参りの仕方も違う。

叔父さんの眠る墓地の上下左右はまったく知らない人だ。きっと、他の墓参りに来た人たちも同じようにゴミを捨て、墓に腰を掛けているのだろう。

「何年かすると中から棺が出されて燃やされるんだ。場所が空いたら、また違う人が入る。もし出されたくなかったらお金を払わないといけない」

死んだ後も金がかかる。

よくよく見渡してみれば、屋根と柵が付き、まるで家のような墓地もある。金持ちは墓地も豪華だ。貧乏人は共同墓地で、さらに何年かしたらそこからも出されてしまう。

出稼ぎに行くフィリピン人の目的は、家族の生活を助けたい、裕福になりたいというものだが、大前提として、自分の大事な人たちが死なないように、という気持ちがある。

ただ贅沢がしたい、金が欲しいというだけではなく、幼い頃から貧しさゆえの「死」が身近にあり、大切な人達の命を守るための手段が、出稼ぎしかないのだ。


『フィリピンパブ嬢の経済学』 (新潮新書)

中島 弘象

2023年6月19日

902円

240ページ

ISBN:

978-4106110023

フィリピンパブ嬢との出会いと交際は、すったもんだの末に見事ゴールイン。これで平穏な日々が訪れるかと思いきや、妻が妊娠。新たな生命の誕生とともに二人の人生は新たな局面に突入する。初めての育児、言葉の壁、親族縁者の無心と綱渡りの家計……それでも「大丈夫、何とかなるよ」。異文化の中で奮闘する妻と支える夫の運命は? 話題作『フィリピンパブ嬢の社会学』に続く、抱腹絶倒のドキュメント第二弾!!

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