テクノ界を牽引し続けるジェフ・ミルズの新作で日本のカルトスター、戸川純とのコラボが実現したワケ…「ともに60年代に生まれたことがすごく意味を持っている」
集英社オンライン / 2024年4月23日 11時0分
テクノシーンを牽引し続けるジェフ・ミルズが、「ブラックホール」をテーマに新作『THE TRIP - ENTER THE BLACK HOLE』を発表。そこには、なんと80年代よりカルト的人気を博す戸川純、さらに彼女が属するバンド、ヤプーズのメンバーのクレジットが。戸川のレスポンスに大きな感銘を受けたというジェフに、刺激的な作品をつくり続ける秘密を聞いた。
【画像】テクノ界の重鎮が、音楽づくりで最も大事にしていることとは…
カルトスターとのコラボレーションが実現
──あらためて戸川純さんとのコラボはいかがでしたか?
ジェフ・ミルズ(以下同) 彼女は海外でもとても有名なアーティストであり、光栄でした。今作のテーマである「宇宙」の把握もとても的確だったし、すごく触発されるものがありましたよ。
最も感銘を受けたのは、彼女の持っている「スタイル」です。リスナーにこびることをしない。客に妥協しないで、自分のアーティストとしてのやり方を信じていることが本当に素晴らしいなと思います。
──制作ではどういう点が印象に残りましたか?
今回のコラボについて、大きかったのは年代ですね。ともに60年代に生まれたことがすごく意味を持っているように思えます。共通言語があるというか……。我々は自分の主張を持っている年代なんですよね。
ただ、僕は彼女の2歳年下で、1963年生まれなのですが、変化の大きい時代だから、その「2年間の差」も大きなものに感じました。
──60歳になられても2年の差を感じたと(笑)。
宇宙科学、ブラックホールといった謎に満ちたテーマに対して果敢に取り組んで、迅速に素晴らしい詩をつくってくれたことには驚きました。その才覚がたくさんのリスナーやクリエイターを惹きつけてきたんでしょう。
──ジェフさんのようなテクノのアーティストは、シンガーとのコラボは少ないと思います。これまで、女性シンガーと組まれたことはありますか?
ゴスペルやジャズの女性シンガーとはコラボレートしてきました。最も感慨深かったのは、ジェシカ・ケア・ムーアという女性詩人と組んだ、The Beneficiaries(ザ・ベネフィシャリーズ)というユニットのアルバム『The Crystal City Is Alive』(2020年)ですね。ポエトリーリーディングとのセッションはスリリングでした。
サウンドの中心はドラムの「シンバル」
──本作のシンセサイザーサウンドは、まさに縦横無尽で、ジェフ・ミルズサウンドの集大成のように感じられます。この素晴らしい宇宙的な音世界を実現するために、どんなアプローチをされるんですか?
宇宙というのは、そのすさまじい「距離」の問題が重要です。音でどのような広大な風景──例えば「星が散りばめられてる感じ」──で表現できるかどうかが問題になってくるわけですね。
もちろん音階だったり、シークエンスを選んだりするのが重要ですが、実は必要なのは「クリスプ」な音だったりするんです。(訳注:シャキシャキとした、パリっとしたノイズのような音のこと)
──クリスプ! そんな音から着想を始めるですか! まさにテクノ的な発想ですね。それにしても宇宙のような広大なイメージを実現するには、例えばヘッドホンで聴いている音世界って結構せまいんじゃないかと思うんです。その中でどうやって、音世界を広げていくんでしょうか?
ですよね。だからなるべく「少ない音数」で作業を始めるんです。吟味された少しの音、その鳴りでイメージを突き詰めていく。
例えば、ある星の輝きのような情景が浮かんだとします。そのイメージを、「小さな音」と「クリスプなサウンド」で突き詰めていく。その音を中心にして、曲をつくっていきます。そこからリヴァーヴ、エコー、レゾナンスといった要素で、その音の響きを調整していくんですね。
──そうなってきますと、音源素材の問題も重要になりますね。デスクトップミュージックのアーティストですと、現在はPC内の「ソフト・シンセ」などのソフトを駆使して、音楽をつくっていきます。ジェフさんはどんな音源を使って音楽をつくられるんですか?
違う。僕はそもそもパソコンをスタジオに持ち込まないんですよ。で、例えば何の音から始めるかといえば、シンバルなんですよ! 僕はさまざまなシンバル音の中から自分の音楽をつくっていくことが多いんです。
──シンバル?
ハイハット、クラッシュ、ライドシンバルとか。そんなにたくさん持っているわけではないけど、いつも新しいシンバルサウンドを探しています。そして自分で叩いて録音します。いろいろな種類のシンバルで、さまざまな叩き方を試してみて、納得いくまで好きなイメージの音を追求していきます。
──僕の知る限りではクラブ音楽のミュージシャンは「キック=バスドラム」の音を中心に音像をつくっていく人が多いです。K-POPなどは、現在では世界をリードしたキックサウンドを持ってますし。
そうなんですか? K-POPのことはあまり詳しくなく……(笑)。確かにキックの音やリズムは心臓の鼓動と呼応していますし、クラブ音楽にとっては重要な要素ですね。
──オリジナリティを出すために、録音するマイクの立て方や位置とかも重要になってきますよね。
もちろん、それも重要ではあるんですけど、それよりも考えるべきことがあります。「なぜこの音がここで必要なのか?」「この音が一体なにを象徴しているのか?」など、録音する音の必然性や意味について思考することが、僕にとっては一番重要なことなんです。
──まるで絵を書くように音楽をつくっていっているんですね。ジェフ・ミルズサウンドの奥の院をのぞいた気分です。
創作の源は「取るに足らないような小説」
──このアルバムのような「宇宙的なコンセプト」をつくり出したいと思っているアーティストは日本にもたくさんいると思います。なにか、オススメの発想法はあるんでしょうか。
SF小説を読むことをオススメします。
──どんな作家のものですか? レイ・ブラッドベリとか?
そうですね。アーサー・C・クラークとか。有名な作家のものは面白いですよね。でも、僕がより発想を得られるのは「パルプ・フィクション」からなんです。
──タランティーノの映画のタイトルになった「パルプ・フィクション」。つまり、読み捨てられる雑誌に載っているような娯楽小説ということでしょうか?
そう。いかにも取るに足らないような小説のことです。1950~60年代に書かれたような文章は、今では、科学の進歩や社会の変化で、全然描写の持つ意味が違ってきています。つまり、時代遅れになっているわけです。でも、だから逆に面白いんですよ。
パルプ・フィクションの作家は、科学の知識もろくになかったりするので、僕らにとってはむしろ身近な存在に感じられます。宇宙について考えるというのは、今の環境にないものを想像を働かせて発想するわけですが、科学が進化途上の時代の「身近な発想」の小説を読むことが、未来を生きる我々にとっての「発想のトレーニング」になるんです。
──面白いですね! 本作では、コラボレーションしたヤプーズのヤマジカズヒデによるリズムギターが新鮮で、戸川さんの「闇の宇宙」的な詞とボーカルとともに、とても「地に足のついた宇宙観」を感じさせます。そんな成果は、大上段な宇宙論とかではなく、そうした身近な発想から生まれているんですね。現在はマイアミにお住まいだそうですが、音楽環境はいかがでしょうか?
さまざまな民族が入り混じっていて、サンバ、レゲエ、キューバ、ハイチなどのカリビアンラテン音楽など、豊富なルツボになっている。デトロイトが豊かな音楽の歴史を持っていて、多様性を有しているのと似ている気がします。
──マイアミは、天才ベーシスト、ジャコ・パストリアスも活動を開始した歴史的な音楽都市ですね。クラブとかも健在なんでしょうか?
僕はスタジオで作業をしているんで、あまり外出しないからクラブ事情とかはそれほど知らないのですが、ラジオからは、いろいろな音楽が縦横無尽に流れてきて、いつも聴いています。それだけで十分楽しめますよ!
──行ってみたくなりました! 最後に、マイアミのオススメのアーティストはいますか?
FOXYかな?(訳注:フロリダ州マイアミで結成されたディスコバンド)
──ワオ! マイアミに住んでいると聞いて、すぐに思い出した大好きなT・Kレコードのアーティストです!
取材・文/サエキけんぞう
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