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日本社会は「全身全霊」を信仰しすぎている?「兼業」を経験した文芸評論家・三宅香帆と「ゆる言語学ラジオ」の水野太貴が語る働き方

集英社オンライン / 2024年4月20日 11時0分

「大人になってから、仕事に追われて、読書や趣味が楽しめなくなった」という悩みを抱えてる人は少なくはないのではないか。かつて自らもこの悩みにぶちあたった、文芸評論家の三宅香帆氏は、労働と読書の歴史をひもときながらその根源を新刊『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で分析した。

本書で提起されている「全身全霊で働く」という労働観の問題をめぐって、三宅氏と人気YouTube番組「ゆる言語学ラジオ」の水野太貴氏が対談。会社員の傍ら執筆活動をしていた三宅氏と、編集者をしながらYouTuberとしても活躍する水野氏が、現代の「働き方」について考える。《前後編の後編》

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は半身で書いた?

水野 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んで面白かったのは、最終的に経済思想について書かれていることですね。三宅さんは「全身全霊」で生活することが求められることが多い日本社会に対して、「半身」で働く社会に変わるべきなのではないかと提言していますよね。
僕は最近、仕事に使ってないリソースをすべて「ゆる言語学ラジオ」に投下していて、プライベートを完全に捨てている(笑) だから、最後のほうは叱られている気がしました。そういう意味でも、僕にとっては非常にタイムリーな本でしたね。

三宅 ありがとうございます。

水野 それで、三宅さんに聞きたいんですが、本当にこの本は半身で書かれたんですか?(笑) すごい量の文献と、リサーチをしているじゃないですか。

三宅 「半身」だからこそ書けたんですよ。すくなくとも兼業時代の経験がないと、この題材は選ばなかった。
 

水野 なるほど。自己啓発書やビジネス書も多く引用されてますもんね、SHOWROOMを起業した前田裕二さんの『人生の勝算』とか。働いているときにはどういう本を読んでたんですか。

三宅 ウェブマーケティングの部にいたので、ビジネス書だと上司に勧められた統計学の本も読みましたし、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのマーケターだった森岡毅さんの本もよく読んでた。面白かったです。ちょっと自己啓発書っぽいジャンルだと、経済評論家の山崎元さんやライフネット生命創業者の出口治明さんの本も読みましたね。

水野 骨太なラインナップだ(笑) その経験もあるからこそ、書けたテーマだったんでしょうね。

部活動が「全身社会」を作り出す?

三宅    「全身」社会のテーマはずっと興味があって。たとえば、今も兼業時代も「三宅さん、寝てますか、いつ本を読んでるんですか?」とたまに聞かれるんです。でもそう言われるたび「高校時代の方がよっぽど忙しかったよなあ」と思ってて。
これは自分への反省も含めて考えている……というかまだまとまっていないテーマなのですが、日本における部活の文化が、新書で書いた「全身社会」的な感覚を作っているのではないか? と感じるんです。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』ではドイツの哲学者ビンチョル・ハンの『疲労社会』を引用したのですが、この「疲労社会」という概念はひたすら結果を求められて疲弊する現代社会を指したもの。個人的に、日本の子供たちは、まさに「疲労社会」的だと思っていて。とくに地方の高校生だと、部活も勉強も全力でやってはじめて一人前、みたいな感覚が強いじゃないですか。

水野 地方の進学校って、その傾向が強いですよね。僕も愛知県の学校で、かなり管理型の学校だったのでよくわかります(笑)

三宅 自分の趣味を突き詰める時間があったら、部活をしろ、という価値観がとても強い。ちなみに水野さんの学校で部活は入部必須でしたか?
 

水野   おそらくそうでした。部活で精神を「修養」することが美徳でしたから。

三宅 私の場合は合唱部だったんですけど、ほぼ体育会系でした。走り込み、腹筋、背筋をやって、朝練、昼練もあって、夜も練習みたいな。楽しかったけど、今は「あれを忙しさの基準にしていいのか?」と思わなくもない(笑)

水野 ブラックだ……(笑) 僕の学校は、高3の夏休みに勉強を300時間やらないと受験生ではないというイデオロギーに支配されていました。それで、学校祭は9月にやるんで、300時間をこなしながら文化祭、体育祭の準備もやらないといけないという、「疲労社会」に支配されてましたよ。

三宅   本当に疲労社会モードですよね。都会で高校時代を過ごした人が帰宅部で映画をよく見てた、という話を聞くと、いいなーって思います。

水野   許せないですよね(笑)

箱根駅伝に見られる日本の「全身社会」アイデンティティ

三宅   そういえば、私は部活社会的な雰囲気を感じてしまうので、いまだに箱根駅伝が見れないんです。つらくて。

水野   じゃあ、甲子園とかも?

三宅   全然見ない。

水野   ばっさり切られた(笑)

三宅   高校生や大学生が、全身で頑張っているのを大人が喜んでるのがなんだかつらすぎて、見れないんですよ。

水野   考えたこともなかったな。僕はどちらかというと、そういうことに順応してきて生きてきたから……

三宅   真逆だ! 「アマチュアが全身全霊で頑張って夢を手に入れる」って日本人的な立身出世の夢だし、日本人のアイデンティティに近いところにあるものかなあ、とも思うのですが。
でもやっぱり全身全霊でずっと頑張れ、なんてどこかでガタが来てしまうんじゃないか。新書の結論にも書いてますが、今はそう考えています。だからこそ、働きながら文化的なことを続けていける社会のほうがいいんじゃないか、と。

『花束みたいな恋をした』で感じた文化への視線

水野 ちょっと話逸れますけど、『花束みたいな恋をした』(『花こい』)が上映されたとき(2021年)に三宅さんのSNSでの荒れっぷりがすごく印象に残っていて。この本でも冒頭から最後のほうまで、かなりこの作品について言及されていますよね。

三宅 私は、2024年になっても「花こい」の話をし続けますよ(笑)

水野 あの映画のどういう部分に食いついたんですか?
 

三宅 今までの話につながるところかな。主人公の麦はカルチャーが好きで、働きながらイラストレーターを目指そうとしているけど、いざ働きはじめると本や漫画やゲームに関心を示さなくなって、イラストも描かなくなってしまいますよね。その描き方に、ちょっといじわるな目線があるのではないかと。それこそ、「半身」とか言ってる場合じゃないんだ、みたいな目線。

水野   マッチョな感じというか?

三宅   そうです。「そもそも、ユースカルチャーとか本気で好きじゃなかったんじゃん、君たち」みたいないじわるさが映画に見え隠れしているような気がする。でもそれって文化的な仕事をできてる人の傲慢じゃない? と感じます。
 
水野   自分の隠してる根本の部分をつかんできてる感じがあるわけですね。

三宅   そうですね。だから、文化的仕事へのスタンス、みたいなところでざわついたって感じです。

「ワーク読書バランス」をどのように担保するか

三宅 『花こい』でも描かれていましたが、働きながら文化的な趣味を続けるのは、今の社会だと本当に難しい。
「ワークライフバランス」ならぬ「ワーク文化バランス」を、どうしたら健全にいとなんでいけるのか。それは自分の世代が考えるべき課題なのかな、と思うんですよ。私は1994年生まれですが、景気もそこまで上向きではない中で働き方が変わってきた時代。私より上の世代は働き方改革をすることで精いっぱいだと思うんです。

水野 管理職は、もう大変そうですよね。

三宅 だから、自分たちの世代が「働いてても人生は楽しいんだ」と下の世代に言えるようにするべきではないかなと、ぼんやり思っていて。

水野   すごい責任感だ。人生で、僕はまだ下の世代のことを考えたことがない(笑)

三宅    私が、水野さんよりも少し年上だからかもです(編集部註:三宅は1994年の早生まれ、水野は1995年生まれなので2学年差)。でも、働いてると楽しくない、みたいな思い込みは良くないと感じませんか!?

水野   「仕事が楽しい」というだけじゃなくて、仕事以外の部分も十分に楽しめるぐらいの余裕があって、人生としての総和がある程度楽しくなればいい、ということですよね。 

活動のモチベーションは何か

水野 今日お話ししていて、三宅さんの活動のモチベーションが少しわかった気がします。

三宅      ちなみに、YouTubeの運営って、本当に手間がかかるじゃないですか。「ゆる言語学ラジオ」を続けるモチベーションはどこから来るんですか。

水野      単に、僕が相方の堀元さんに面白い話をしてやりたい、という思いが一番大きいかもしれないです。言語学者の先生とお会いすると「この学問を広めてくれてありがとう!」と言っていただけるんですけど、言語学のアウトリーチみたいな意識はほとんどない。
 ただ、こういう活動をしてて、思いのほか社会的に影響力があるぞ、と思ったので、本を読む習慣がないとか、本を読まないことをコンプレックスに思ってる人に対してコミュニケーションをしたい、と後から思うようになりました。それが、今のちょっとしたモチベーションになっています。
 三宅さんはどうですか?
 

三宅      うーん、本の読み方や文章の書き方を伝えるのは、自分の好きなものや好きな行為を伝えたいし、自分と同じような好みの人を増やしたい、からかな。たとえば世界がオセロみたいなものだとすると、私と同じ好みの側……白陣営を増やしたい、的な(笑)

水野      為政者の発想だ。

三宅      今のところ、敵は多いので(笑) 黒を減らそうとするより白を増やそうとすべきかなって。

水野      三宅さん、いつか出馬でもするんじゃないですか?

三宅      本を書く方が絶対楽しいですよ(笑)

人生は「オセロゲーム」?

水野      ちなみに仕事選びも、オセロ感覚で選びました?

三宅      えー、そうかもしれない。私は就活する前に本を書く仕事を始めていたので、マーケティングの知識が本の宣伝に使えるかなと思って(笑)

水野      究極的なオセロだ。怖いですね。僕はもう白ですから、どうかひっくり返さないでください!

三宅       出会った人みんなに好きなものを薦めたいだけなんですよ! そういえば昔、修学旅行のときにお台場に行ったんですが、空き時間にやることがなくて、本屋に行って友達に本を薦めてた思い出がある。当時から自分の好きなものを理解してくれる人を増やしたかったんですね。

水野      それも、オセロ感覚なわけだ(笑) もしかして、今日の対談、僕がひっくり返されてましたかね?

三宅 どうでしょうか? ちなみに水野さんは、『言語の本質』が新書大賞になることを、SNSでいちはやく予言してしましたよね。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は……

水野 えっ。でもまだ、上半期ですもんね……
 

三宅 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどうですか?

水野 ……新書大賞、獲ります!もう3回くらい獲りますよ、ここから毎年。殿堂入りします。

三宅 そうですよね。よかったです。

水野 あぶない、またひっくり返されかけてた。
 それはさすがに冗談なんですが、現代の読書や教養、働き方を語るうえでよく参照される本になるのは間違いないでしょう。読み終わったとき、思わず仲のいい書き手の人に電話しちゃいましたもん。その人も教養についての本の構想を温めているので、「すごい本が出ますよ。急いだほうがいいですよ!」って。

三宅 ありがとうございます。この本をきっかけに、たくさんの人が「本を読みながら働ける社会」について考えてもらえれば、と思います。

取材・構成:谷頭和希 撮影:内藤サトル

なぜ働いていると本が読めなくなるのか

三宅 香帆
なぜ働いていると本が読めなくなるのか
2024年4月17日発売
1,100円(税込)
新書判/288ページ
ISBN: 978-4-08-721312-6
【人類の永遠の悩みに挑む!】
「大人になってから、読書を楽しめなくなった」「仕事に追われて、趣味が楽しめない」「疲れていると、スマホを見て時間をつぶしてしまう」……そのような悩みを抱えている人は少なくないのではないか。
「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、いかにして生まれたのか。 自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。
そこから明らかになる、日本の労働の問題点とは? 
すべての本好き・趣味人に向けた渾身の作。

【目次】
まえがき 本が読めなかったから、会社をやめました
序章   労働と読書は両立しない?
第一章  労働を煽る自己啓発書の誕生―明治時代
第二章  「教養」が隔てたサラリーマン階級と労働者階級―大正時代
第三章  戦前サラリーマンはなぜ「円本」を買ったのか?―昭和戦前・戦中 第四章  
「ビジネスマン」に読まれたベストセラー―1950~60年代
第五章  司馬遼太郎の文庫本を読むサラリーマン―1970年代
第六章  女たちのカルチャーセンターとミリオンセラー―1980年代
第七章  行動と経済の時代への転換点―1990年代
第八章  仕事がアイデンティティになる社会―2000年代
第九章  読書は人生の「ノイズ」なのか?―2010年代
最終章  「全身全霊」をやめませんか
あとがき 働きながら本を読むコツをお伝えします

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