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令和最大のヒット萌え「BSS」を知ってますか?【成人向けマンガ用語の基礎知識】

集英社オンライン / 2022年7月15日 18時1分

BSSは「B:僕が S:先に S:好きだったのに」の略称。片思いの相手を他のキャラクターに奪われるシチュエーションのことだ。そんなBSSが成人向けマンガで人気ジャンルになっているという。その歴史をひも解き、ムーブメントになるまでの経緯を考察する。

あの文豪たちもネトラレに萌えていた!?

あなたは、「BSS」をご存じだろうか? 「BSS」とはインターネット1.0時代における掲示板のことではない。主に成人向けマンガで使われる用語。「僕が( Boku ga) 先に(Saki ni) 好きだったのに(Suki Dattanoni)」の略称。いわゆる「ネトラレ」の一分野を表す言葉だ。

「いわゆるネトラレ」とふつうにいわれても、「それってなんだ?」と思われる人も多いだろう。



「ネトラレ」とは「寝取られ」。「NTR」と略されることもある。自分のパートナーが他人の好きにされる状況に、なぜか萌えてしまう性癖を指す。なかなかに"大人な趣味"だが、その歴史は古く、広い。

たとえば谷崎潤一郎の『痴人の愛』の主人公、河合譲治とナオミの関係にはあきらかにその「匂い」が漂うが、谷崎にはそもそも『鍵』という、ネトラレ感覚そのものを主題にした小説がある(大学教授が、妻と後輩の木村さんの関係を想像して興奮してしまいます)。

ヒロインの奔放な性癖が描かれ、ネトラレ要素を感じさせる描写も

「谷崎が書くのなら、よほど特殊な性癖でしょう?」と思われるかもしれないが、大正教養主義の巨匠、志賀直哉も『雨蛙』という小説で、妻の不貞疑惑に「不思議な力で肉情を刺戟」されるという男の心を描いている。

余談だが、太宰治はこういうところはわりあいストレートで、実はこの人もネトラレてしまった経験を持つが、しかしそれで興奮するようなことはなかったらしい。素直に「地獄だ」とうめいていた。こうした昭和、大正期だけではなく、さらに歴史をさかのぼっても鎌倉時代に後深草院二条が書いた『とはずがたり』や、もちろん平安時代の『源氏物語』にも「ネトラレ」の要素は見られる。

『夏のオトシゴ』のヒットが契機に…

興味深いことに、それまでは文学作品の主題であり、王朝貴族の楽しみだった「ネトラレ」が、現代ではポップカルチャーの最先端、成人向け同人マンガ市場においても「定番ジャンル」となっているのだ。

アダルトマンガ誌のベテラン編集者X氏(センシティブなジャンルのため、本人の希望により匿名)によると、そのブレイクの契機となったのはサークル名「アイスピック」作の同人マンガ『夏のオトシゴ』だったという。

『夏のオトシゴ』は2016年5月に同人マンガ販売のプラットフォーム「FANZA同人」(当時はDMM.R18同人)で公開された。公開後、現在まで20万以上のダウンロードを達成し、同人マンガとしては伝説的なベストセラーとなっている。

この作品では、主人公と両想いになった彼女、一ノ瀬香奈が、同級生のやり手男に目をつけられてしまう。皮肉なことに恋を知って雰囲気の変わった彼女は、クラスの中でも目立つ存在になっていたのだ。弱みを握られ思うままにされる一ノ瀬さん。しかし主人公は彼女が大変な目に遭っていることを知らず、ただ待ち合わせ場所で待っていた。

この作品のヒットが契機となり、「ネトラレ」分野が覚醒。一時期は競って描かれる人気ジャンルとなり、それが商業マンガにも波及するムーブメントになったという。

ちなみに「同人マンガ」というと、既存商業マンガのキャラクターを描くいわゆる「二次創作」を想像されるかもしれない。それはそれで大健在なのだが、マンガのデジタル配信が広がった現代では、アマチュアも自作を自由に販売できるプラットフォームが整っており、そちらでは著作権の問題がないオリジナル作品が主流となっている。

その読者層は、必ずしも「アキバ系美少女ファン」とは限らず、たとえばFANZAの場合であれば、むしろ実写AVのファンと親和性があったりするそうだ。「AVでは人妻ものが人気でした。ネトラレも、そうした土壌から生まれてきた面もある」とX氏は語る。

ネトラレからより繊細なBSSへ

そうした「ネトラレ」の中でもさらに、よりディープで繊細な精神性を帯びたジャンルが「BSS」だ。「BSS」の場合、「僕が先に"好き"だった」というシチュエーションが暗示しているように、実はまだヒロインと交際に至っていないのである。そもそも告白もしていない状況が描かれるのだ。

たとえばこの分野の濫觴、金字塔として知られ、成人向けマンガにおける令和最大のヒット作とも見られる名作、桂あいり作『カラミざかり』という作品がある。このマンガでは、高校生の主人公がヒロインの飯田に恋心を抱いている。飯田にもそうした意識はあるように見えるのだが、クラスメイト4人で部屋で過ごしているうちに、飯田と友人の貴史が、好奇心と若い性衝動のおもむくままに、まさかの行為を始めてしまう。主人公はそれを間近で見せつけられるしかなかった。

考えてみれば「ネトラレ」の世界は、大人。少なくとも「告白し、異性と交際をはじめる」という"大人の階段を登った人"の物語だ。谷崎潤一郎にしても、志賀直哉にしても主人公は大人、はっきりいえば「おっさん」である。妻を寝取られた光源氏も、すでに40歳になっていた。

だが、「BSS」の場合はそれ以前で、好きな人がいても告白することができない繊細な心理が描かれ、しかもそれが無惨な形で踏みにじられることになる。だからといって自分は彼氏でもなんでもないので抗議することもできない。その上なぜか興奮していたりもする。「このどうしようもなさがいい」と前出X氏も語る。

成人向けマンガがつくる新しい表現、新しい感覚

確かに、好きな人がいてもなかなか告白できない心理はよくわかる。ましてや現代では「草食系男子」という言葉があらわれて久しい。筆者もまたそのひとりだが、うじうじして告白もできない男子とヤリヤリ男子の格差は広がるばかりだろう。こうした時代に「BSS」という分野が生まれるのは必然ともいえる。

しかし、そこで感じるのは日本のマンガ表現の奥深さだ。ネトラレ自体は普遍的で、海外でもなかなかの紳士がいる。たとえば、マゾヒスムの語源となったチェコの作家、ザッヘル・マゾッホの『毛皮を着たビーナス』はドMの話であるのと同時に、ネトラレに萌える男の話でもある。こうした密やかな感覚を「発見」し、取り込む。そしてさらに探究を進め「BSS」に至る。

成人向けというと「実用的なジャンル」と見られるが、恐らくは実用性を追求するうちに、さらに新しい表現、新しい感覚に踏み込み、開発に至った。こうした「探究」の裾野の広さが、日本のマンガ表現そのものを支えていることは間違いないだろう。『カラミざかり』も成人向けというジャンルを越えた青春マンガとして、講談社ヤンマガWebにおいてリメイクされている。

コロナ禍を経た現在では、あまり鬱々とした展開は好まれない傾向があるという。しかし「ネトラレ」はすっかり定番化し、筆者がサイトを開くとリアルタイムの今も「僕の彼女が鬼畜顧問の先生に」などといったマンガのバナーが表示される。成人マンガの世界は広く、深い。

取材・文/堀田純司

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