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1年半ぶりの実戦。”女王”紀平梨花が追求する「完璧な演技」への想い

集英社オンライン / 2022年9月22日 17時1分

フィギュアスケートの現場取材ルポや、小説も手がけるスポーツライターの小宮良之氏が、スケーターたちのパーソナリティを丹念に描くシリーズ「氷上の表現者たち」。第9回はケガからの復活を期す紀平梨花の「完璧な演技への想い」に迫る

9月23日からの中部選手権で復帰

写真/AFLO

2022年9月、紀平梨花(20歳、トヨタ自動車)は中部選手権で復帰することになった。全日本選手権に向け、1年半ぶりの実戦となる。10月には、ジャパンオープンの参戦も決まっている。

「チャレンジしているところを見てもらえるように頑張りたい」

紀平は気丈に意気込みを語っている。反撃の狼煙を上げられるか――。

2018-19シーズンに16歳でシニア転向した後、紀平は目覚ましい躍進を遂げてた。いきなりグランプリシリーズ(GP)で2連勝。グランプリファイナルでも難易度の高いジャンプを次々に決め、ソチ五輪女王、アリーナ・ザギトワを破って優勝した。



デビューシーズンでの戴冠は、浅田真央以来の快挙だ。以降もその勢いは止まず。四大陸選手権、全日本選手権で連覇を成し遂げている。

「北京五輪に向け、ロシア勢に太刀打ちできるのは紀平しかない」

そうした意見が多数を占めた。得意のトリプルアクセルは、世界を制する強力な武器で、成功率の高さは瞠目に値した。大技があることで、ショートプログラム(SP)で失敗しても、フリースケーティング(FS)では一気に巻き返すことができたし、二つが揃った時は無敵だった。

そして2020年の全日本ではSPで首位に立った後、FSでは2002年の安藤美姫以来となる4回転サルコウを成功させ、他を寄せ付けずに1位になった。合計スコア、234.24点は断トツ。2位の坂本花織を10点以上も引き離しての優勝だった。

ところが2021-22シーズン、右距骨疲労骨折で安静を余儀なくされる。肉体は悲鳴を上げていたのだ。治療に専念することになり、ほぼ内定していた北京五輪出場も逃すことになった。

五輪シーズン、運命は急転した。だがその紀平が、いよいよ戻ってくる。

少女と女王、ふたりの紀平

紀平のフィギュアスケーターとしての真価は、身体能力の高さに土台があると言われる。体幹が強く、跳躍に優れ、体が滑らかにしなやかに動く。下半身がしっかりとしていて軸がぶれない。

そのおかげで、滑り自体がぐんっと伸びるように力強く、後半に入っても動きが落ちず、ジャンプでも回転不足を取られず、倒れかけても踏ん張れる。

もっとも、紀平は自身のフィジカルの非凡さに胡坐をかいていない。一つひとつの技に真摯に向き合う。実直なスケートとのかかわり方が、彼女を日本で群を抜くスケーターに押し上げた。

「パーフェクトな演技がしたい」

彼女はそう言って事もなげに高い目標を掲げてきた。

「どの試合も安定して、自己ベストを越えられるようにしたい。レベルを取りこぼさず、ひとつもミスしたくないので。『とにかく集中』って。自分を見つめて、冷静に演技できるようにしたいです。それで、観てくれる人のすべてを惹きつけるような滑りを」

演技への取り組みは大胆で飄々としたところがある。

<ねぇ、集中してる? 足は動いている?>

リンクの上で、紀平はそう自分に問いかける。自らと対話し、体の動きを調整。確認し、叱咤し、注意を促す。そうして自身を冷静にさせ、焦りや迷いに振り回させず、超然として滑れる。

自己省察が習慣なのだろうが、自己と対話するメンタルコントロールは独特で興味深い。一つひとつの行動に伴う感情まで克明に分析し、整理。それを次の行動に活かしている。

言わば、二人の紀平がいるのに近い。”少女が体内に女王を飼う“というのか。大会を重ねるたび、女王の風体になっていった。

世界を魅了した片手側転

「(FSで)4回転サルコウを入れたいって気持ちは強かったです」

そう語る紀平は、2019年の全日本選手権では2位に20点差以上つける229.20点で圧倒的優勝を果たした。しかし本人は結果に甘んじず、4回転を入れた“自己改善”を求めていた。

「直前まで迷ったし、絶対に入れる、って思っていたので(入れられなかった)悔しさはあります。それに、(捻挫が完治していない理由でできなかった)ルッツも戻したい。

(高得点を狙える)ルッツを入れても、アクセルを崩さず。4回転を入れても、全部揃えられるように。何度でも何度でも練習して、完璧な演技がしたいです」

パーフェクトを追い求めたこの姿勢が、翌年の全日本圧勝劇にもつながる。

2020年12月の全日本、紀平はSPで79.34点とトップに立った。冒頭の大技トリプルアクセルで2.17点のGOE(出来栄え点)を叩き出しただけではない。演技途中、振り付けに片手側転を入れて喝采を浴びた。

氷上での片手側転は相当な身体能力の高さと度胸が必要になるが、高度な技術を自分のものにし、演技に抑揚をつけることに成功した。

「(ブノワ・)リショー先生の振り付けで、パフォーマンスを入れたい、ということで」

紀平は片手側転を入れた事情を明かした。

「いろいろな技を提案されたんですけど、全部難しくて。その中では『これがマシかな』と思ったのが片手側転でした(苦笑)。(練習で)恐る恐るやりましたけど、陸と違って氷の上だと滑ってしまい、最初はコケてしまって。でもおかげで、見せ場を作ることができるようになりました」

片手側転は、フィギュアに無知な人でも"スペクタクル"だと伝わる。そのインパクトは世界中を駆け巡った。案の定、メディアは食いついたし、ファンも釘付けになった。

紀平はFSでも154.90点を叩き出し、圧巻の全日本連覇を遂げたが、直後のリモート会見では超然としていた。

――安藤美姫選手以来、日本人女子選手史上2人目の4回転ジャンプ成功になりましたが?

そう質問した記者は、4回転サルコウ成功という偉業の系譜を引き出したかったのだろう。

だが、これに対して紀平は「今日、初めて知って」とあっけらかんと答えた。誰かと自分を比べていない。自分の演技の改善がすべてで、それが彼女の凄みだった。

「トリプルアクセルも4回転も、どちらも決められたのは自分の中で大きくて。疲れがたまったのか、(全日本は)はまるジャンプが少ない中、両方とも着氷できたことは自信になると思います。でも、すごく難しいプログラムで、まだ完全な構成にはなっていません。

(最後の)ルッツも痛みがあってやめています。もっといいジャンプを跳べたっていう感触はあるので、あと10点は出せるように。体力、筋力、試合での集中などあらゆるところを修正していきたいです」

彼女は徹底して自らと対峙し、「紀平梨花」という選手の能力を高める。自らを俯瞰し、修正、改善を繰り返す。舌足らずな喋り方で、おっとりに映るが、競技への向き合い方は完璧主義者で、同時にセンシティブだ。

ついに肉体が悲鳴を……

コロナ禍でも、毎日3時間近く氷の上に立って、厳しいトレーニングを続けてきた。他にダンス、バレエ、フィジカルトレーニングとメニューもハードだった。筋肉を極限まで使い、動きが鈍くなったのを感じつつ、曲かけ練習でボロボロになり、そこから体力回復途上で成長を確認した。自分を追い込み、限界を広げるような取り組み方だ。

「試合がいつあるかわからず、予定があっても本当にあるのか、モチベーションの維持は難しかったです。そこで新しい練習環境にも飛び込み、毎日のように筋肉痛になって。挑戦が本当に正解なのか、わからない中でも集中してやってこられましたし、それで試合を迎えられることが自分の強みかなって」

しかし2020年4月、世界フィギュアスケート国別対抗戦のフリー演技が終わった後、肉体が限界を超えた。

「昨日、朝から腰を痛めてしまって」

国別対抗戦前日、公式練習後のリモート会見に応じた紀平は、努めて明るい声で話していた

「左足(のケガ)をかばってループとかすごく跳んでいて、痛みが出ているのは気づいていたんです。おとといまでは無理がきいていたのが、昨日でアウトになっちゃいました。着氷の振動で痛みが出たので、無理をしないように。痛みの出ない動きを意識した練習をしていますが、どんな動きも腰は使うので」

屈託のない声音で説明するので重大事に聞こえなかったが、実際は緊急事態だった。荷物を落として拾おうとすると、強い痛みが出たという。アイシングし、湿布を貼って、消炎鎮痛剤を飲むしかない。休養が最善の処方箋だが、目前に戦いが待っていた。

「(腰の)アクシデントは自分でも驚きましたが、しっかり練習してきた中での、ネガティブな事故ではなくて。これも与えられた経験というか、必要な学び、試練と捉えています」

結果は69.74点で4位。不調の中でやり切ったスコアだ。しかしSPが終わって約15分後、彼女は腰に震えるような痛みを感じていた。しばらく立ち尽くし、歩けないほどだった。とても4回転やトリプルアクセルどころではない。

十分、棄権もあり得た状態だったが、FSのリンクにも決然として立った。トリプルアクセルは回避も、得点の高いルッツを入れた。チームジャパンに貢献したい、その一心だった。3回転ルッツは、意地で成功した。しかし3回転フリップ+2回転トーループは転倒し、スコアは132.39点で5位だった。

――今の自分に何と声をかけるか?

その問いに、紀平はこう答えている。

「順位よりも自分の演技をしたい」

「『お疲れさま』って思いますけど、やるからには決めたかったとも思います。しっかり休んで腰をケアしたいな、と。痛みを取って、来季も頑張れるように」

戦いの代償は大きかった。腰の完治が遅れ、右足首の痛みも出た。まさに満身創痍だった。

2本のトリプルアクセル、4回転を入れるプログラムは、誰にも真似できない。フィギュアスケートは基本的にすべて右足で着氷するが、何度も繰り返すことで一部に負担がかかり、他にも歪みが出る。2019年秋には左足首を怪我し、激痛が走るルッツを回避。酷使は連鎖になっていた。

高い意識でトレーニングに向かう姿勢が仇になったか。しかし、紀平はその生き方によって大技を習得し、スケーティングを洗練させてきた。苦境の中でも力を出し切れるようになった。生き方そのものが、彼女のスケートを形成しているのだ。

復活する紀平は、どんな滑りを見せるか? ブランクがあるだけに、焦りは禁物だ。

「順位よりも、自分の演技をしたい」

紀平は常々言うが、そこに答えは出ている。彼女本来の演技を表現できたら、誰にも負けない。彼女の中に女王がいるのだ。

文/小宮良之 写真/AFLO

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