最低でも20km 木星の衛星「エウロパ」表面の氷の厚さを衝突地形から推定
sorae.jp / 2024年4月6日 21時10分
木星の衛星「エウロパ」の内部には広大な海が広がっていると考えられていますが、表面を分厚い氷が覆っているため、直接の確認はできていません。では、この氷殻の厚さはどのくらいなのでしょうか?
パデュー大学の脇田茂氏などの研究チームは、天体衝突によって形成されるリング構造が幾重にも重なった盆地地形が氷殻の厚さや硬さに関連しているという前提の下、国立天文台が運用する「計算サーバ」でシミュレーションを行いました。その結果、氷殻の厚さが少なくとも20km無ければエウロパに存在する多重リング盆地を説明できないことが分かりました。この研究結果は、あまりはっきりと分かっていないエウロパの構造に関する基本的な情報を与えているという点で重要です。
【▲ 図1: 多重リング盆地を作るような大規模衝突の想像図 (Credit: Brandon Johnson (AI生成) ) 】 ■「エウロパ」の氷の厚さはどれくらい?表面に液体の水が大量に存在する天体は、今のところ地球の1例しか見つかっていません。しかし、表面を氷に覆われた氷天体の地下では、氷が融けて液体の水になっている「内部海」が広がっていると広く信じられています。その規模は、体積にして地球の海の数倍から十数倍にもなると言われています。
内部海が存在すると考えられている天体の候補はいくつもあり、木星の衛星「エウロパ」や土星の衛星「エンケラドゥス」など、ほぼ確実に内部海があると見込まれている天体もあります。しかし、これらの天体は表面が氷によって覆い隠されているため、確定した例は見つかっていません。
この「氷殻の厚さはどのくらいあるのか?」という疑問について、はっきりしたことはあまり分かっていません。これまでに得られた探査機による接近探査時の観測データや、コンピューターモデルを使用したシミュレーションを通じて厚さを推定する試みがいくつもありますが、初期の研究では薄ければ数百m、厚ければ数百kmと極めて幅がありました。
この状況は研究が進むにつれて改善されており、例えばエウロパについては氷殻の厚さによって影響を受けると考えられる小さなクレーターを計算モデルに組み込むことで、厚さが数kmから十数km程度まで絞り込まれています。ただし、これまでのモデルでは「硬くて壊れにくい薄い氷殻」と「脆くて壊れやすい厚い氷殻」を区別することが難しいため、厚さをはっきりさせることも難しいという問題がありました。
■多重リング盆地から氷の厚さを推定 【▲ 図2: 多重リング盆地の1つであるティール (Tyre) の画像。直径は約149km (Credit: NASA, JPL & ASU) 】脇田氏などの研究チームは、この状況を改善するために、エウロパの表面にある「多重リング盆地」と呼ばれる直径100kmほどの地形を参考にシミュレーションを行いました。多重リング盆地は環状の地形が同心円状に幾重にも重なっている地形であり、氷殻を突き破るほどの大規模な天体衝突によって生じたと考えられています。
多重リング盆地ができる条件には氷殻の厚さと硬さが大きく影響すると予想されていますが、硬い物質と柔らかい物質が関与してできる地形をシミュレーションすることは困難です。実際、当初は1つのシミュレーションを実行するのに1か月もかかるほどでしたが、その後の工夫で100通り以上の計算を現実的な時間内に実行できるように改善することができました。
【▲ 図3: 国立天文台が運用する計算サーバの写真 (Credit: 国立天文台) 】 【▲ 図4: シミュレーション結果の一例。右上の拡大図における黒い点線は、氷殻に生じる断層を表しており、これを上から見ると多重リング盆地として観察される (Credit: Shigeru Wakita, et al.) 】今回の研究では、国立天文台が運用する「計算サーバ」と、天体衝突をシミュレーションする数値衝突計算コード「iSALE」を使用し、エウロパに存在する多重リング盆地を最も再現できる氷殻の厚さや硬さを探りました。
その結果、氷の厚さが最低でも20km無ければ多重リング盆地は生成されないことが示されました。また、氷は硬くて壊れにくい層と脆くて壊れやすい層で構成されており、脆い部分があまりにも壊れやすいと多重リング盆地は生成されないことも合わせて分かりました。このような氷殻の構造は内部海が存在するという推定とも一致するため、多重リング盆地は間接的に内部海が存在することを示しています。
エウロパの多重リング盆地がいつ生成されたのかは分かっておらず、多重リング盆地の形成当時と現代では氷殻の厚さが異なっている可能性もあります。ただし、エウロパの表面は常に更新され続けており、クレーターは2000万年から2億年の時間が経つと消えてしまうと考えられています。これは地質学的にはかなり短い時間であり、今回推定された多重リング盆地形成当時の氷殻の厚さが、そのまま現代のエウロパにも当てはまる可能性が高いことを示しています。
■氷の厚さは独自の生命にも影響するエウロパのように内部海が存在するとみられる天体に関心が集まっているのは、そこに独自の生命体がいるかもしれないと予測されているからです。では、仮に独自の生命体が存在するとして、生命体を形作る様々な元素や分子はどのようなルートで供給されているのでしょうか?彗星のような外からやってくる物質や氷殻の分解物がその供給源である可能性がありますが、その供給量は氷殻の厚さにも依存します。
関連記事
・「エウロパ」の海に供給される酸素は少ない? 「ジュノー」のデータに基づく研究 (2024年3月19日)
今回の研究では、エウロパの氷殻の厚さに最低20kmという下限値を定めることはできましたが、上限値は定まっていません。エウロパの氷殻を推定するためのデータは、NASA (アメリカ航空宇宙局) が1989年に打ち上げた木星探査機「ガリレオ」の観測結果が主であり、全体的にデータが不足しているという理由もあります。2024年10月にはNASAが新たな探査機「エウロパ・クリッパー」の打ち上げを予定しているため、さらなる観測データがこの状況を改善してくれるかもしれません。
Source
Shigeru Wakita. “Multiring basin formation constrains Europa’s ice shell thickness”. (Science Advaces) Brittany Steff & Brandon Johnson. “Icy impacts: Planetary scientists use physics and images of impact craters to gauge the thickness of ice on Europa”. (Purdur University) “衝突シミュレーションで探る氷衛星エウロパの構造”. (国立天文台 天文シミュレーションプロジェクト)文/彩恵りり 編集/sorae編集部
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