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天の川銀河の恒星ブラックホールとしては最も重い「Gaia BH3」を発見

sorae.jp / 2024年4月22日 21時29分

欧州宇宙機関(ESA)が2015年に打ち上げた宇宙望遠鏡「ガイア」は、恒星などの天体の位置や運動量を非常に正確に測定することを目的としています。収集されたデータはカタログ化され、5段階に分けて公表される予定です。現在では3段階目となる「DR3」までが公表済みで、4段階目となる「DR4」を作成中です。

国際研究チームのガイアコラボレーションは、作成中のカタログであるDR4の暫定版について、何か異常なデータが含まれていないかを検証してきました。その結果、見えない天体の周りを周回していると推定される、極端な動きをする恒星が見つかりました。見えない天体は太陽の約32.7倍もの質量を持つブラックホールである可能性が極めて高いため、ガイアコラボレーションはこれを「Gaia BH3」と名付けました。

Gaia BH3は、恒星から直接誕生したブラックホールとしては、天の川銀河で知られているものの中で最も重いブラックホールであると考えられています。また、地球からの距離は約1926光年で、知られている中で2番目に地球に近いブラックホールでもあります。

【▲ 図1: 左からGaia BH1、はくちょう座X-1、Gaia BH3の大きさと、地球からの距離の比較。(Credit: ESO, M. Kornmesser) 】【▲ 図1: 左からGaia BH1、はくちょう座X-1、Gaia BH3の大きさと、地球からの距離の比較。(Credit: ESO, M. Kornmesser) 】 ■位置天文学に欠かせない宇宙望遠鏡「ガイア」

夜空にある星々は一見動いていないように見えますが、実際にはわずかながら移動しています。天体の移動を正確にとらえると、その天体までの距離や地球に対する運動方向、さらには暗くて見えない伴星の存在を知ることができます。このように、天体の移動をもとに研究を行う分野を「位置天文学」と呼びます。

ESAが2015年に打ち上げた宇宙望遠鏡「ガイア」は、位置天文学における重要な存在です。これまでに10億個以上の天体を観測し、正確な位置や距離、運動方向や速度などのデータを収集しています。ガイアが収集した数多くのデータが無ければ研究できなかった成果も数多くあります。

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ところで、ガイアが集めた天体のデータはカタログ化されていますが、10年の運用期間で少しずつデータの精度を向上させるため、5段階に分けて公開されています。現在使われている最新版のカタログは、2022年に公開された3段階目の「DR3」です。

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4段階目となる「DR4」は、2025年末までに公開することを目指してデータの分析が進められています。DR4はDR3よりもさらに精度が優れているため、これまで見つけることができなかった新たな発見につながるかもしれません。

■チェック作業中に重いブラックホールを偶然発見!

パリ天文台のPasquale Panuzzo氏を筆頭著者とする国際研究チーム「ガイアコラボレーション」は、DR4の公開に向けてデータのチェック作業を行っていました。特に注意が払われたのは、異常に大きく動く恒星が含まれているかどうかです。そのような動きをする恒星は、実際に何か特異な性質を持っているか、もしくは単にエラーである可能性があるためです。

分析の中で、「Gaia DR3 4318465066420528000」という天体に注目が集まりました。この天体は地球から見て「わし座」の方向に約1926光年離れた位置にある、太陽の約0.76倍の質量を持つ恒星ですが、その動きは極めて大きなものでした。エラーの可能性を排除した結果、この恒星は何か別の天体の周りを約11.6年周期で周回していることが分かりました。

【▲ 図2: Gaia BH3連星系の想像図。恒星は青い軌道、ブラックホールは赤い軌道で表されています。ブラックホールが恒星の約43倍も重いため、事実上ブラックホールの周りを恒星が公転しているかのような図となります。(Credit: ESO, L. Calçada)】【▲ 図2: Gaia BH3連星系の想像図。恒星は青い軌道、ブラックホールは赤い軌道で表されています。ブラックホールが恒星の約43倍も重いため、事実上ブラックホールの周りを恒星が公転しているかのような図となります。(Credit: ESO, L. Calçada)】

恒星が周回している天体の質量は太陽の約32.70±0.82倍という極めて重いものですが、肝心の天体の位置には可視光線を含むどの種類の電磁波源も見当たりません。これらの性質を満たす天体はブラックホール以外に考えられません。つまり、今回の分析では偶然にも、観測が困難な休眠状態のブラックホールを発見したことになります。ガイアのカタログに基づいて発見された3番目のブラックホール(Black Hole: BH)であることから(※1)、研究チームはこの天体を「Gaia BH3」と名付けました(※2)。

【▲ 図3: ガイアのカタログデータに基づいて発見された3つのブラックホールの位置。今回発見されたGaia BH3はわし座の方向にあります。(Credit: ESA, Gaia & DPAC)】【▲ 図3: ガイアのカタログデータに基づいて発見された3つのブラックホールの位置。今回発見されたGaia BH3はわし座の方向にあります。(Credit: ESA, Gaia & DPAC)】 ■先駆けて発表するほどの重要な発見

Gaia BH3の発見は、天文学において非常に重要です。そのことは、この論文が新たなカタログを公開する前に投稿されたことにも現れています。先行的な動きは、研究内容の妥当性の検証や重要性の議論が研究者の間で少しでも早く行なわれるのを期待してのことです。

まず、Gaia BH3の性質自体が特異的です。ブラックホールは大まかに、重い恒星が寿命の最期に超新星爆発を伴って生み出す「恒星ブラックホール(恒星質量ブラックホール)」と、それらが合体を繰り返してできると考えられている「超大質量ブラックホール」、そしてこれらの間の質量を持つ「中間質量ブラックホール」に大別されます。

理論上、太陽の20倍以上の質量を持つ恒星ブラックホールは非常に重い恒星の超新星爆発によって生じます。しかしその実例は極めて少なく、まして天の川銀河の中という近場で見つかることは滅多にありません。これまでの実例は、太陽の約21倍の質量を持つ「はくちょう座X-1」のみでした(※3)。

これに対して、Gaia BH3の質量は太陽の約32.7倍であり、はくちょう座X-1を上回ります。このため、Gaia BH3は天の川銀河の中で見つかった最も重い恒星ブラックホールとなりました(※4)。また、Gaia BH3は地球からの距離が約1926光年しかないため、地球から約1560光年の距離にあるGaia BH1に次いで、観測史上2番目に地球に近いブラックホールです(※5)。

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■Gaia BH3の形成年代はかなり古いと推定

Gaia BH3を公転している恒星の性質も特異的です。この恒星には重い元素がほとんど含まれていないことから、年齢がかなり古いと予測されています。また、この恒星は恒星ストリームの「ED-2」に属している可能性があることがわかりました。ED-2は今から約80億年前に天の川銀河に衝突した矮小銀河か球状星団だと考えられており、このことからも恒星の年齢がかなり古いことが分かります。

さらに、Gaia BH3のような重い恒星ブラックホールを生み出す恒星も、理論的には重い元素に乏しかったと考えられてきました。こうした観測結果や理論との一致は、Gaia BH3とその恒星が形成年代の古い同じ星団に属していたとする推定を裏打ちします。

近年、合体時に生じる重力波を通じて、太陽の数十倍の質量を持つブラックホールが次々と見つかっていますが、そのほとんどは地球から数十億光年かなたにあります。つまり、これらのブラックホールは少なくとも数十億年前に存在していたことになります。これらの観測結果も、Gaia BH3が古い時代に形成されたという推定と一致します。

一方で、重い元素は超新星爆発でも生成・放出されますが、Gaia BH3を公転している恒星に含まれる重元素の少なさは、Gaia BH3を生み出した超新星爆発による “汚染” の痕跡を示していません。このことは、Gaia BH3が最初から現在のような連星を成していたのではなく、ブラックホールの生成後に恒星が捕獲された可能性を示しています。

■「美味しい前菜」と表現される発見

先述した通り、この研究結果はガイアの4段階目のカタログであるDR4の公開前の分析中に発見されました。全ての分析がまだ終わっていないことを考えると、Gaia BH3のような “眠れる巨人” が他にも存在する可能性は大いにあります。ESAがこの状況をプレスリリースで「美味しい前菜(Tasty appetiser)」と表現している通り、DR4が公開された暁には、さらに多くの天文学的発見が発掘されると期待できます。

また、Gaia BH3自体も興味深い観測対象であると言えます。例えばチリ・パラナル天文台の「超大型望遠鏡(VLT)」に設置された干渉計「GRAVITY」で観測すれば、Gaia BH3が本当に休眠状態なのか、それともわずかながら電磁波を放射をしているのかが分かるはずです。この意味でも、Gaia BH3は「美味しい前菜」であると言えるでしょう。

■脚注

※1…2番目の例である「Gaia BH2」は、2022年の発見当初は候補留まりでしたが、2023年の追加観測によって質量が太陽の約8.94倍、地球から約3800光年の位置にあるブラックホールであると確定しています。

※2…ただし、「Gaia BH3」も「Gaia DR3 4318465066420528000」も、恒星とブラックホールの連星系に対して与えられた名称であり、恒星とブラックホールを区別するための記号や枝番などは付与されていません。このため厳密に言えば、Gaia BH3をブラックホール単独の名称として使用するのは誤りと言えます。しかし、BHはブラックホールの略であることや、プレスリリース等ではブラックホールを指す単語としてGaia BH3を使用していることを踏まえ、この解説記事ではGaia BH3をブラックホールの名称として使用しています。

※3…はくちょう座X-1は1972年からの観測と研究で、天文学史上初めてブラックホールである可能性が極めて高い天体として研究された、天文史でも有名な存在です。

※4…Gaia BH3は「天の川銀河の中で最も重い『恒星』ブラックホール」であることに注意が必要です。例えば「天の川銀河の中で最も重いブラックホール」と表現する場合、該当するのは銀河の中心部にある太陽の約430万倍の質量を持つ「いて座A*(エースター)」ですが、これは恒星の直接崩壊で生じたブラックホールではありません。

※5…地球から約960光年離れた位置にある「とも座V星B」と、約1200光年離れた位置にある「HR 6819 Ab」は、Gaia BH1よりもさらに近い位置にあるブラックホールの候補ですが、その後の観測結果をもとに実在性が疑われています。

 

Source

Gaia Collaboration. “Discovery of a dormant 33 solar-mass black hole in pre-release Gaia astrometry”. (Astronomy & Astrophysics) (arXiv) “Sleeping giant surprises Gaia scientists”. (ESA) Pasquale Panuzzo, Elisabetta Caffau & Bárbara Ferreira. “Most massive stellar black hole in our galaxy found”. (ESO)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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