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小惑星リュウグウの起源、歴史、およびサンプルの清浄さが判明 はやぶさ2採取のサンプルを分析

sorae.jp / 2022年9月30日 20時0分

2014年12月3日に打ち上げられたJAXA (宇宙航空研究開発機構) の小惑星探査機「はやぶさ2」は、2020年12月5日に小惑星「リュウグウ」のサンプルが入ったカプセルを地球に投下、翌6日に計画通りオーストラリア大陸のウーメラ立入制限区域に無事着陸したことは世界中で話題となりました。

【▲ 図1: 高度約22kmから撮影されたリュウグウの全体像。 (Image Credit: JAXA、東京大学など) 】

【▲ 図1: 高度約22kmから撮影されたリュウグウの全体像。 (Image Credit: JAXA、東京大学など) 】

さて、このような6年に及ぶ遠大なサンプルリターン計画が実行されたのは、リュウグウのサンプルが惑星科学の分野で重要な地位を占める可能性があったためです。リュウグウのようなタイプの小惑星は、形成から現在に至るまで、熱などの変成変質作用をほとんど受けていないと推定されています。このためリュウグウのサンプルは、太陽系が誕生した約46億年前の始原的な情報を保存している可能性が高く、太陽系や地球に関する基礎的なデータを得られる可能性があります。

地球で見つかった隕石のうち、CIコンドライト (※) のような一部の炭素質コンドライトは、リュウグウのような小惑星が起源だと推定されているため、始原的な情報を保存している可能性があります。しかし、CIコンドライトは地球表面の環境では不安定であるため、落下直後に採取するしかない極めて珍しい存在です。加えて隕石は、多かれ少なかれ地球由来の物質に汚染されることを避けられません。小惑星を直接訪問したはやぶさ2の採集状況はこうした汚染を最小限にできるため、情報の確度が上がるのです。

※…炭素分に富む隕石のグループを炭素質コンドライトと呼びます。特にCIコンドライトは、太陽系の始原的な物質を含むとされている一方、その数は非常に少なく、全7万種類の隕石中わずか9種類しか発見されていません。

■鉱物組成から判明したサンプルの清浄さ

このような背景の下、リュウグウのサンプルは国内外の様々な研究機関に配布され、様々な方法で分析されています。その1つであるJAMSTEC (国立研究開発法人海洋研究開発機構) 超先鋭研究開発部門高知コア研究所の伊藤元雄氏らを代表とするPhase-2キュレーション高知チームは、サンプル8粒に含まれる物質について、様々な角度から分析、研究を行いました。

【▲ 図2: リュウグウのサンプルのX線CT結果。 (Image Credit: Ito, et.al.に筆者加筆) 】

【▲ 図2: リュウグウのサンプルのX線CT結果。 (Image Credit: Ito, et.al.に筆者加筆) 】

まず、同チームは大型放射光施設「SPring-8」のBL20XUを使用して高解像度なX線CT撮影を行い、サンプル内部の細かい組成の違いを分析しました。すると、サンプルの64~88vol% (体積パーセント) は蛇紋石やサポナイトの中間的組成を持つ含水フィロケイ酸塩鉱物 (※) が占めていることがわかりました。また、2~21vol%の炭酸塩鉱物、3.6~6.8vol%の磁鉄鉱、2.5~5.5vol%の硫化鉱物 (硫化鉄) も見つかりました。

※…ケイ素と酸素が結びついたケイ酸を基本とする鉱物をケイ酸塩鉱物と呼びます。ケイ酸分子が複雑な構造を取ることから、その構造でいくつものグループに分けられており、雲母を代表とするフィロケイ酸塩鉱物はその1つです。ケイ酸の2次元シートを基本とするため、水などの様々な分子が層の間に入り込む性質があります。

含水フィロケイ酸塩鉱物は文字通り水を含んでいる他、フィロケイ酸塩鉱物、炭酸塩鉱物、磁鉄鉱は水の関与があると生成しやすい鉱物です。これらの鉱物が豊富に含まれているリュウグウのサンプルは、過去に水の作用によって変成作用を受けたことを強く示唆しています。

一方で、橄欖 (かんらん) 石や輝石のような無水ケイ酸塩鉱物は極めて珍しく、8粒のうち1粒にのみ0.5vol%の割合で見つかりました。無水ケイ酸塩鉱物は、水性変化の少ないCIコンドライトでも見つかっており、リュウグウの母天体の履歴を示す物質かもしれません。

このような鉱物の組み合わせや元素の割合は、炭素質コンドライトの中で最も原始的とされるCIコンドライトと非常に類似しています。ところが、CIコンドライトで見つかる水酸化鉄や硫酸塩は、リュウグウのサンプルからは見つかりませんでした。このことは、CIコンドライトが地球の表面で受けた風化によってこれらの鉱物が生成されたことを示唆しており、逆にリュウグウのサンプルがいかに清浄であるかを示しています。

■同位体比から推定される類似の隕石タイプ 【▲ 図3: リュウグウのサンプルの酸素同位体の比率の結果。リュウグウはCIコンドライトと似ているものの、酸素17の割合がわずかに低い。またCYコンドライトとは明確な違いがある。 (Image Credit: Ito, et.al.) 】

【▲ 図3: リュウグウのサンプルの酸素同位体の比率の結果。リュウグウはCIコンドライトと似ているものの、酸素17の割合がわずかに低い。またCYコンドライトとは明確な違いがある。 (Image Credit: Ito, et.al.) 】

続いて、同チームはレーザーフッ化法を用いて酸素の同位体比率 (酸素17および酸素18) を調べました。比較としてCIコンドライトの「オルゲイユ隕石」、およびCYコンドライトの「ヤマト82162隕石」も分析したところ、リュウグウのサンプルはオルゲイユ隕石と非常に似ており、ヤマト82162隕石とは明確な違いがあることが判明しました。このことは、リュウグウがCIコンドライトに似ているという別の証拠を提供します。

一方で、リュウグウはその軌道や過去の観測データから、ヤマト82162隕石と同位体比率が類似する可能性があるにもかかわらず、全く似ていないのは不可解であり、今回の研究では判明しなかった謎となります。また、リュウグウはオルゲイユ隕石に似ているものの、軽い酸素の同位体である酸素17の割合はオルゲイユ隕石より高いことも判明しています。これは、オルゲイユ隕石が1864年に落下した非常に年代の古い隕石であるため、地球の大気に含まれる酸素で汚染された可能性を示しています。この推定は、前述の水酸化鉄や硫酸塩の謎とも一致します。

■リュウグウのサンプルから脂肪族炭化水素を発見! 【▲ 図4: リュウグウのサンプルに含まれる有機物の分析結果。脂肪族炭化水素 (緑) が含まれており、その場所はフィロケイ酸塩鉱物の存在場所と一致している。 (Image Credit: Ito, et.al.に筆者トリミングおよび加筆) 】

【▲ 図4: リュウグウのサンプルに含まれる有機物の分析結果。脂肪族炭化水素 (緑) が含まれており、その場所はフィロケイ酸塩鉱物の存在場所と一致している。 (Image Credit: Ito, et.al.に筆者トリミングおよび加筆) 】

更に、同チームはリュウグウのサンプルに有機物が含まれているのか、含まれていればどのような組成であるのかを調べました。すると、これまで炭素質コンドライトから見つかっていた芳香族化合物に加えて、C=C結合のピークは弱く、C-H結合のピークは強い有機物のスペクトルが得られました。このスペクトルは、芳香族と対を成す脂肪族炭化水素の存在を示します。極めて分解しやすい脂肪族炭化水素が宇宙由来のサンプルから発見されたのは世界初です。

脂肪族炭化水素が見つかったことで、リュウグウは過去に30℃以上の高温に晒されたことが無く、また高温に晒された時間も短かった可能性が示唆されます (脂肪族炭化水素は100℃なら200年、0℃なら1億年で分解される) 。これらの結果は、リュウグウが変質していない始原的な物質を現在まで保持しているという推定を裏付けるものです。

走査型透過X線顕微鏡と超高分解能透過型電子顕微鏡を使った分析の結果、脂肪族炭化水素の分布はフィロケイ酸塩鉱物の分布とよく一致し、芳香族化合物が豊富な場所や、炭酸塩鉱物が豊富なサンプルには少ない傾向にあることがわかりました。脂肪族炭化水素とフィロケイ酸塩鉱物が同じ分布をしていることは、水+有機物+岩石の3者が化学反応を起こした直接的な証拠であり、これも世界初の発見です。炭酸塩鉱物が豊富なサンプルで脂肪族炭化水素が少ないことは、リュウグウが複雑な水性変化を経験したことを示唆しています。

■軽元素の同位体比から推定されるリュウグウの起源 【▲ 図5: リュウグウのサンプルの同位体比率の分析結果。リュウグウ (赤色および青色の丸) と最も同位体比率が一致するのは宇宙塵 (水色三角) であった。またC0068からはプレソーラー粒子と見られる石墨 (黒色四角) も見つかった。 (Image Credit: Ito, et.al.) 】

【▲ 図5: リュウグウのサンプルの同位体比率の分析結果。リュウグウ (赤色および青色の丸) と最も同位体比率が一致するのは宇宙塵 (水色三角) であった。またC0068からはプレソーラー粒子と見られる石墨 (黒色四角) も見つかった。 (Image Credit: Ito, et.al.) 】

また、水素や窒素の同位体(重水素や窒素15)の比率を調べるために、NanoSIMS (超高解像度二次イオン質量分析装置) が使用されました。地球の物質・CIコンドライト・CMコンドライトと比較すると、今回調べられたサンプルでは水素と窒素の両方とも重い同位体の比率が高く、最もよく一致する既知の物質は宇宙塵でした。

宇宙塵は彗星由来の物質であると推定されていることから、リュウグウも彗星のような物質が誕生した場所か、少なくとも太陽系外縁部に由来する物質が豊富にある場所で誕生した可能性が高いことがわかります。リュウグウの現在の軌道は明らかに内太陽系であることから、リュウグウは形成後何らかのプロセスで太陽系外縁部から現在の軌道に落ち込んだものと推定されます。

そして、フィロケイ酸塩鉱物の周りに存在する脂肪族炭化水素の同位体比率は、周辺の他の有機物と比べて、わずかながら重い同位体に富むことが判明しました。この違いは、脂肪族炭化水素がより原始的な有機物である一方、周辺の有機物は水との反応で同位体交換を受けて変質した可能性を示唆しています。あるいは、脂肪族炭化水素は太陽系が形成される前の原始惑星系円盤や星間物質で、既に生成されていたのかもしれません。これらの結果も、リュウグウが誕生後に液体の水による化学反応が起きたことを示しています。

ただし、リュウグウそのものは直径約0.7kmと小さいため、アルミニウム26 (※) の崩壊熱によって液体の水が発生するほどの内部熱を維持できません。このため、リュウグウはそのまま直接誕生したのではなく、直径数十kmの母天体が砕けて生じた天体である可能性があります。

※…アルミニウムの放射性同位体。宇宙空間では宇宙線とケイ素との核反応で大量に生成され蓄積されるため、崩壊熱は形成直後の天体の主要な熱源となります。一方で半減期が72万年と短いこと、天体そのものが宇宙線を遮断するため、新たなアルミニウム26が生成されない天体内部は数千万年程度の短い時間で崩壊しつくしてしまい、冷え切ってしまいます。

最後に、同位体比率が分析されたサンプルの1つ (C0068) から、他の物質とは明らかに外れた同位体比率を持つ石墨が見つかりました。これは太陽系誕生前の物質であるプレソーラー粒子の可能性があります。

■研究で判明したこと、新たな謎

今回の研究では、リュウグウの大きな特徴がいくつか判明しました。まず、「リュウグウは太陽系誕生時の始原的な物質を含んでいる」という推定が正しかったことが、複数の証拠により明らかとなりました。また、「非常に分解しやすい脂肪族炭化水素の発見」や、「水+有機物+岩石の化学反応の直接的な証拠」という世界初の発見もありました。更に、直径数十kmの大きさだったと推定されるリュウグウの母天体が太陽系外縁部で誕生したこと、母天体で液体の水が関わる化学反応が進行し、その後砕けて小さな破片から形成されたリュウグウが内太陽系に落ち込んだのだろうという歴史も判明しました。

更に、今回の研究で明らかとなった「CIコンドライトが実際には地球上での汚染を受けていた」という結果も重要です。CIコンドライトは極めて原始的であり、そこから得られる情報は太陽系誕生時の様子を探る上で基本的なものとされてきました。しかしながら、リュウグウのサンプルが汚染とは無縁であり、CIコンドライトの汚染度すらも測定できたという事実は、惑星科学において原始的な小惑星からのサンプルリターンミッションがいかに重要であるかを示しています。

今回の研究では、新たに浮上した謎や未解決の問題も多数あります。例えば脂肪族炭化水素の正確な組成、プレソーラー粒子と思われる石墨の存在、CYコンドライトとの不一致などです。リュウグウのサンプルの分析は多数の研究機関で行われていることから、これらの謎も後々解き明かされるかもしれません。

 

Source

Motoo Ito, et.al. “A pristine record of outer Solar System materials from asteroid Ryugu’s returned sample”. (Nature Astronomy) Robert E. Grimm & Harry Y. McSween, Jr. “Heliocentric Zoning of the Asteroid Belt by Aluminum-26 Heating”. (Science) Lindsay P. Keller, et.al. “The nature of molecular cloud material in interplanetary dust”. (Geochimica et Cosmochimica Acta) C. M. O' D. Alexander, et.al. “The origin and evolution of chondrites recorded in the elemental and isotopic compositions of their macromolecular organic matter”. (Geochimica et Cosmochimica Acta) Matthieu Gounelle & Michael E. Zolensky. “A terrestrial origin for sulfate veins in CI1 chondrites”. (Meteoritics & Planetary Science) Yoko Kebukawa, Satoru Nakashima & Michael E. Zolensky. “Kinetics of organic matter degradation in the Murchison meteorite for the evaluation of parent-body temperature history”. (Meteoritics & Planetary Science) Eve L. Berger, et.al. “Heterogeneous histories of Ni-bearing pyrrhotite and pentlandite grains in the CI chondrites Orgueil and Alais”. (Meteoritics & Planetary Science) A. J. King, et.al. “The Yamato-type (CY) carbonaceous chondrite group: Analogues for the surface of asteroid Ryugu?”. (Geochemistry) Laurette Piani, et.al. “Origin of hydrogen isotopic variations in chondritic water and organics”. (Earth and Planetary Science Letters) Toru Yada, et.al. “Preliminary analysis of the Hayabusa2 samples returned from C-type asteroid Ryugu”. (Nature Astronomy) Ming-Chang Liu, et.al. “Incorporation of 16O-rich anhydrous silicates in the protolith of highly hydrated asteroid Ryugu”. (Research Square (プレプリント)) “約22kmの距離から見たリュウグウ”. (JAXA 宇宙科学研究所)

文/彩恵りり

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