「即戦力だと聞いていたが、この程度か」広岡達朗がルーキー辻発彦に浴びせた“洗礼”
日刊SPA! / 2024年3月20日 15時50分
プロでやるんだったら緩いところに行っても駄目だ。辻はそう考えていた。社会人時代に面識のある石毛が広岡に相当厳しく鍛えられていることを報道で知り、自分も厳しい広岡監督のもとでやりたい、そのぐらいのほうが俺には合ってるとぼんやり考えていた。入団後、そんな話を先輩にすると「お前は珍しいヤツだな」と感心されたという。
失礼を承知で言うが、辻は、顔立ちのせいなのかどうも地味に見られやすい。おまけに背もあまり高くないと思われがちだが、実際は182センチある。それなのに、なぜか小柄だと思われている。西武黄金時代の内野陣が、一塁清原和博186センチ、サード秋山幸二186センチ、ショート石毛宏典180センチ。清原と秋山は見るからに大男で、キャプテン石毛はキャラのおかげで目立ち、辻が内野陣で一番小さいように見られていた。
辻は、口を開くと陽気というか見ず知らない人にでも親しみを持って接することできる。話好きで冗談も言う。ただ「話し始めれば」という条件が付く。見た目は確かに華やかではないかもしれないが、広岡のもとで野球をやりたいと言うだけあって、ちょっとやそっとじゃ曲げない根性が備わった男だ。
ドラフト二位で24歳社会人出身の辻は、当然のように即戦力として期待されていた。しかし、広岡自らノックをした結果、まだ早いと判断。グラウンドの端へ辻を連れて行き、これまで幾多の教え子たちにやってきたように置いてあるボールを素手で捕らせる練習からやらせた。
「置いてあるボールって……これ、どうやって捕るのが正解なんだ!?」
辻は、内心あたふたした。
動かないボールを捕るのは小学生だってできる。要は、ボールに対しての距離感と足の運びも含めた捕球のタイミングを身体に染み込ませる練習だ。止まったボールを良い形で捕れなければ、動いているボールを上手く捕球できるはずがない。
辻は考えた。なんでこんなんことをやらせるんだろう? 単純に捕球技術がなってなかったからか。そうじゃなかったら、こんな練習なんてしない。どう見ても基礎中の基礎の練習ということだけは分かる。いくら社会人のトップレベルでプレーしていても、プロのレベルはまったく別次元として考えなければならないのだとあらためて思った。
◆「人間、何かひとつ取り柄があるもんだな」
「よし、次は転がすから」
広岡はボールを取り、ゆっくりと転がし始めた。
「急がなくていいからしっかり形を作れ」。ゲキが飛ぶ。
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