「ヒロさんヒロさん!」長嶋茂雄と広岡達朗の知られざる関係性と“野球の神様”川上哲治との確執
日刊SPA! / 2024年4月7日 15時50分
この“神様批判”とも取れる発言が各スポーツ新聞に掲載されたことで、巨人軍に不穏な空気が蔓延し始める。広岡は正論を言ったまでだが、世の中はそう単純ではない。日本プロ野球史上初の2000本安打を達成し“打撃の神様”と呼ばれた川上哲治を一介の新人が痛烈に批判したのだから、大きなハレーションが起こるのも当然である。
◆「いや〜巨人時代の一三年間は虐められたよ」
「確かにバッティングの練習は“神様”と呼ばれるだけあって凄まじかった。調子が悪くなると、二軍の投手を二、三人引き連れて多摩川にて二時間ぶっ通しで打ち続ける。『おい、ヒロ、わかったぞ。来た球を打てばいいんだ』って話していたこともあった。元気があるうちは色気があるから上手に打とうとする。でも二時間近くずっと打っていたら色気もなくなって、来た球を打つだけになる。それが無心。打撃には誰よりもプライドを持っていたね。打撃練習だけは持ち時間など気にせず好きなだけ打つんだけど、守備練習は一切しないから下手クソなままだった」
妄執とでもいうのか、川上は守備が下手だった分、バッティングに関してだけ鬼気迫る勢いでいつも練習していた。打撃こそがプライドの集大成だった。
ある試合前に監督の水原が川上に近づき、バッティングの手ほどきをしようとした。
「おい、カワ、こういうときはこうやって打て」
川上はしたり顏で返す。
「オヤジさん、現役時代何割打ちました?」
水原は何も言えずそそくさと離れて、聞こえるか聞こえない程度で「バッキャローが!」と呟く。
プロ野球創世記の大スターである水原にさえ、平気でものが言えてしまう。誰にも触れられないほどの自負心と自信の塊こそが川上哲治だった。広岡は「凄い」という感情を通り越して恐ろしさを感じた。それと同時に、これが巨人の四番の看板を背負うということなんだと理解した。
“神様批判”と取られた例の舌禍事件以前には、こんなこともあった。
早稲田の貴公子と呼ばれ、一年目からショートの定位置を確保した広岡には若さと勢いがあった。一方、“打撃の神様”川上は三四歳のベテランの域に達し、五四年シーズンは珍しく二割台後半をウロチョロしていた。
川上は、遠征先の宿舎でも調子を取り戻そうと一心に素振りをしている。旅館の構造上、大広間で川上が素振りしているのが二階から見え、広岡は何気なくその部屋へ向かった。
「シュッ! シュッ!」
風を切るバットの音が聞こえる。普通なら声をかけて襖を開けるものだが、何も言わずにいきなり両手で開けた。汗だくの川上は出入り口の襖の真正面にいたため、すぐに気付いた。挨拶もせずに襖を開けている広岡に向かって怒りを滲ませて言う。
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