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51歳で出合ったライターという“天職”。50代の新人が“前職のスキル”を活かして売れっ子になるまで

日刊SPA! / 2024年6月14日 8時58分

51歳で出合ったライターという“天職”。50代の新人が“前職のスキル”を活かして売れっ子になるまで

ライター・放送作家の吉村智樹さん(58歳)/X:@tomokiy、Instagram:@tomokiyoshimura

 年齢を重ねるごとに、新しい挑戦を始めることへの不安は大きくなる。夢を仕事にしたい、好きなことをして生きていきたいと考えていても、年齢や築いてきたキャリアの前に躊躇してしまう人も多いだろう。
 Webライターの吉村智樹さん(58歳)は、51歳のときに放送作家からの転職を考え始めた。今やWebライターは誰でも簡単に始められる反面、“稼げる人はほんのひと握り”といわれており、辞めていく人は後を絶たない。

 そんな世界に、吉村さんは0からのスタートで飛び込んだ。安泰と思われるテレビの仕事を辞め、50代から新たな挑戦に踏み切った理由は何だったのだろうか。

 50代の新人が前職でのスキルを活かし、売れっ子ライターになるまでを取材した。
◆華やかに見える経歴の裏で、カード借金も…

 Webライターとしてさまざまな媒体で活躍する吉村さん。放送作家ということもあり、駆け出しのライターには“違う世界の人”に見えるかもしれない。しかし、彼の人生は紆余曲折に満ちている。

「大阪芸術大学の映像学科を卒業後、まずは印刷会社に就職しました。その後、雑誌の記事を作る編集プロダクションに2年在籍し、途中で放送作家に転職したんです。31歳から41歳まで東京にいましたが、非常にあいまいな日々を過ごしていましたね」

 精力的にテレビの仕事をしていたわけでもなく、誰かから依頼された原稿を書いたり、イベントに出て喋ったり。「職業が何なのかよく分からない10年間を過ごしていた」と吉村さんは話す。

「そんなことをしていると、食べていけなくなってしまって。生活のためにカード借金をするようになり、気が付けば3社から借入れして生活費を回していました。41歳のとき、親を頼って大阪に帰ってきました」

◆大阪のテレビ局で孤立。仕事の安さに転職を決意

 Uターン後は以前勤めていた大阪のテレビ局に復帰するも、そこはかつての古巣ではなかった。

「現場の雰囲気がものすごく変わっていたんですよ。あまりに変わりすぎていて、浦島太郎の気分でした。簡単に言うと、偏った政治的思想が局内にまん延していて、それが番組作りや現場のあり方にも反映されてしまっていた。今は浄化されてクリーンになっているので、あくまで当時の話です」

 方針などでプロデューサーとの対立もあり、次第に居心地の悪さを感じるように。「毎晩、眠る妻の横で布団に丸まって、何度も涙を流していた」と語るほど、精神的につらい時期を過ごした。

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