「巨人で死ぬ」引退を決意した広岡達朗に昭和の大人物が介在。後悔した“男の引き際”
日刊SPA! / 2024年6月15日 15時52分
九州遠征から帰京後すぐ、日本テレビの迎賓館で、正力松太郎・亨親子、球団役員、川上監督、そしてコーチの中尾碩志、南村侑広と広岡とで会食が開かれた。事前に亨オーナーから「親父の命には絶対だから歯向かうな」と釘を刺されている。川上からは「残留する以上、巨人軍の機密事項を外部に漏らさぬように」と残留前提で話をされた。「機密事項を漏らすな」と釘を刺されたということは、週刊誌に手記を書いたことがトレードの引き金になっていたことは明らかだ。
「小せえなぁ」
広岡は心のなかで呟いた。反論したくても亨オーナーとの約束で何も言えない。会食の最中も亨オーナーが「我慢しろ!」と目で合図を送ってくる。会がお開きになる前に「広岡からは何かないか」と問われたが、即座に「何もありません」と答えた。広岡が初めて自分の意思を押し殺した瞬間でもあった。
その後、広岡は引退するという意志を貫くべく、「巨人軍で死なせてください」と再度亨オーナーに申し出たが、保留。そのまま師走に入った。さすがにセ・リーグ鈴木龍二会長、前監督の水原までもが広岡の動向に対して助言をした。広岡の処遇は巨人軍だけの問題に留まらず、球界全体を騒がせる事態へと広がりを見せていく。
「川上に歯向かうのはいいとして、大正力(正力松太郎)の温情を無下にしてはいかん。〝大正力〟だけには絶対に楯突いてはいかん」
両大御所にここまで言われれば、広岡も引かざるを得なかった。こうして広岡は再度亨オーナーのもとへ出向き、「残留させていただきます」と頭を下げてお願いした。だが、当の広岡は釈然とせず、ひどく後悔していた。巨人に残ったことではなく、正力松太郎、川上との会談で何も言わなかった自分に対して憤慨した。
「もし、あのとき意思を貫いていればどうなっただろう……」
たらればを考える自分がひどく卑しい人間に思えてしまった。たった今から、二度と後悔しない行動を心がけようと、固く胸に誓った。
監督である川上からすると、広岡をトレードに出そうと画策していたのに、思わぬ大人物の介入でご破算となって面白くない。品行方正のONと違って、勝負の世界における正義とフェア精神の名の下に思ったことを的確にズバズバ言う広岡が、煙たくて煙たくてしかたがなかった。
自分の利益よりもチームのために突き進むことができる広岡と、己の理想を追求するために他を犠牲にしてまでも邁進する川上。野球を愛する心は川上、広岡ともに同じだったかもしれないが、野球へのスタンスが決定的に違ったのだ。
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