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自称“原色人類”ガングロギャルのその後…19歳で渋谷を離れ選んだ道「仕事も勉強も楽しかった」

日刊SPA! / 2024年7月31日 15時53分

◆目標は貯金1000万! エステサロンを開業するためキャバクラへ

 入社5年目には店長、マネージャーとなり100人の部下ができるほどに出世を遂げた塩澤さん。エステへの探究心も仕事への情熱も冷めることはなく、「次は自分の理想のサロンを立ち上げてサービス提供をする、そしてエステティシャンを目指す女性を増やしたい」と新たな夢を抱くようになっていく。そして部下を育て上げた彼女は思いきって退職することに決めた。

 まずは一刻も早く開業するため、キャバクラで働き始めた。接客が得意だった塩澤さんは夜の世界でもその能力を発揮。毎月50万円を貯金に回せるまでに稼いでいたとか。その間にはタイとインドネシアにマッサージ留学もしたという。

「機器を扱えるだけではエステシャンとしてはまだまだ。マッサージ技術があるからこそ手に職といえる……だからベッドと私の手さえあれば素敵なパフォーマンスができる、そんな人になりたかったんです。それでまずは世界で一番気持ちのよいタイ古式マッサージの留学に挑戦して、その後に日本人が大好きなバリ島の指圧と経絡をながすテクニック、それからホスピタリティを学ぶために修行しにいきました」

 夜な夜な働く一方で、エステティシャンとしての技術も磨いていった。そしてなんとたった2年で貯金額1000万円を達成したそうだ。無事に開業資金を貯めた塩澤さんは、わずか27歳にして念願のエステサロン「ヒーリングオアシス」を開業した。

 だが、軌道にのせるまでにはかなり時間を要した。はじめは食いつないでいくために別のエステサロンのバイトをしながら営業。すべての仕事が終わると、融資を受けるための書類の準備、経営の勉強、HPの開設、ブログの更新……とやることは次から次へと増えていく。開業から数年は寝る間を惜しんで働いた。

 そんな彼女だが、サロンを立ち上げる際に心に決めていたことがあった。

「カウンセリング心理学を学んだことで、施術だけではなくて会話でも癒やせるようになりたいという思いが強くなっていったんです。ノルマや売上ではなくお客様の心と体に向き合う。それが美容家としての私の理念でもあります。そして自己顕示欲で会社を経営するのではなく自己実現のために会社を経営していきたいと意識していました」

◆経営困難で円形脱毛症になったことも。それでもエステ業界で働き続けた理由

 そんな塩澤さんのサロンは徐々に賑わいを見せていく。占いにも詳しい彼女は、読者モデル時代からの知り合いである『egg』編集長に声をかけられ「モデルたちのメンタルをタロットで占う」コーナーを担当するように。モデルたちの悩みを聞いていくうち、彼女たちは塩澤さんのサロンにも通うようになっていったのだ。

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