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ミスコンファイナリストが選んだ意外な就職先。芸能関係ではなく「日本の製造現場を元気にする会社」

日刊SPA! / 2025年2月2日 8時52分

「AKB48にすごく憧れていて、10回以上は応募したと思います。それでも通過することはできず、アイドルになるための道がいかに険しいかを実感しました」

◆大学進学で出合った「アイドルコピーダンス」

小南さんの心情に変化があったのは、高校1年生の時だった。父の他界を機に、実家の工務店が事業承継者不足の危機に陥ってしまったのだ。「アイドル」になることよりも「安定した暮らし」を手に入れたい……。そのために、とにかく大学へ進学するという気持ちに変わったという。

以来、アイドルを目指す道ではなく、志望校へ合格するために勉強をする日々だった。その後、第一志望だった龍谷大学へ進学が決まったが、ちょうどコロナ禍で入学式や新入生歓迎会などのイベントが中止に。

このような状況下で、小南さんは「アイドルコピーダンス部の存在をネットで検索して知った」と語る。

「私が1回生の時に3つ上の先輩が踊っている動画を見る機会があり、すごく可愛いなと感じたんです。『私もこの人と一緒に踊りたい』と強く思ったことから、アイドルコピーダンス部に入ることに決めました」

◆可愛い衣装でダンスを披露「まるで本当のアイドル」

アイドルコピーダンスとは、日本の女性アイドルの楽曲をカバーし、歌は歌わずにダンスを披露するもので、2012年からは大学対抗の女子大生アイドルコピーダンス日本一決定戦「UNIDOL(ユニドル)」が開催されるなど、ダンスサークルのひとつとして認知されている。

小南さんも、年2回行われるUNIDOLの大会前は週5〜6日ほどコピーダンスの練習に打ち込み、それ以外の時期でも月1のライブに備えて全体練習のほかにも自宅の庭で踊っていたという。

「私はアイドルになるという夢を一度あきらめてしまったのですが、“推し”のアイドルの踊りを真似して披露するのが楽しくて。ライブの時は可愛い衣装を着てダンスをしますし、自分たちのサークルの様子や魅力を伝えるためにSNSで発信してファンづくりをするなど、本当にアイドルのような活動をしていましたね」

◆「地道に続けてよかった」“赤色”のペンライトに励まされた初舞台

しかし、2020年に入部した当初はコロナ禍でステイホームを余儀なくされ、サークル活動が思うようにできなかったそうだ。それでも翌年3月には、アイドルコピーダンスを始めるきっかけとなった先輩の卒業公演にて初のステージに立つことに。

その舞台に出たことで、「アイドルコピーダンスを続ける大きな原動力になった」と小南さんは振り返る。

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