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ジャッキー・チェンと交流あったタイガーマスク 翌年旧UWFで連敗し中国〝カンフー修行〟へ

東スポWEB / 2024年4月7日 10時11分

ジャッキー・チェンと握手をかわすザ・タイガー。右はサモ・ハン・キンポー(1984年7月、帝国ホテル)

【プロレス蔵出し写真館】初代タイガーマスク(佐山サトル)の不敗神話が、ユニバーサル・プロレス(旧UWF)で崩壊した。

今から39年前の1985年(昭和60年)1月16日、大阪大会でスーパー・タイガー(当時のリングネーム)は藤原喜明のチキンウイングアームロックで、左肩を脱きゅうした末にレフェリーストップ負けを喫した。4日後の20日、後楽園大会では左腕に高田伸彦(後の延彦)の容赦のないキック攻撃を浴び、またもレフェリーストップで敗北。

初代タイガー時代の82年7月23日、金沢でダイナマイト・キッドに反則負けして以来のシングルでの敗戦。2連敗というまさかの結果に、タイガーはこつ然と姿を消した。

東スポの2月13日付紙面で、その動向が明らかにされた。

タイガーは山崎一夫を帯同して極秘裏に香港、そして中国に乗り込み太極拳、少林寺拳法のルーツを探り奥義を窮める修行を敢行していたという。

1月28日に香港に飛び蟷螂拳(とうろうけん)と詠春拳(えいしゅんけん)の道場を訪れ、実技を視察。アクション俳優ユン・ピョウとも格闘技談議に話が弾んだ。

2月1日に帰国する山崎と分かれ単身、中国に渡った。列車で4時間の広州に到着し、その足で広州体育館に向かう。ここで虎拳、長剣の極意に接し、広州武術体育学校で双拳、酔拳、南拳に取り組んで模擬に熱中した。

「中国4千年の武術を、自分の持っているものにプラスする野望は以前から持っていた。そのひとつひとつを、この目で見、体で覚えることでより自分のシューティングの幅を広げていく」と大望を語ったタイガー。

そして次の目的地は広州から夜汽車で22時間の桂林。ここで南拳で6年間も王座を守っているヤン・ケンコウと対面。ヤンの型を見つめるタイガーの目は爛々と輝いていた。

2月7日まで10日間に渡る、充実した武術修行だったのだ。

この修行風景はテレビ収録されていて、カンフー王者やキックボクシング王者との対決シーンも電波に乗った。とはいえ、対決シーンはあくまで〝テレビ用〟。王者は素人然とした風体でタイガーとスパーで対峙し、ナレーションで対決風に煽るという手法だった。

タイガーは後年、船木誠勝に聞かれ、テレビスタッフに頼まれて仕方なく要請を受けたと明かしている。

ところで、香港で話に花を咲かせたユン・ピョウとは前年の84年(昭和59年)7月13日、内幸町の帝国ホテルで行われた香港映画「五福星」の公開記念会見で顔を合わせていた。

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