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【全日本】斉藤ブラザーズ 米での学生時代、角界、マット界入りまで〝俺たちの二人三脚〟を激白

東スポWEB / 2024年4月23日 11時10分

マット界で注目の巨漢双子レスラー・兄の斉藤ジュン(右)と弟の斉藤レイ

プロレス界を席巻する〝最恐双子〟の原点とは…。全日本プロレスの世界タッグ王者・斉藤ブラザーズ(ジュン&レイ=37)がインタビューに応じ、そのルーツを語った。知られざる高校・大学時代の米国留学や、相撲を志し引退するに至った裏話を披露。二人三脚で人生の荒波を乗り越え、「2023年度プロレス大賞」で新人賞を受賞した2人の絆はこうして生まれた。(構成・前田 聡)

レイ 俺たちは1986年12月19日に宮城県角田市で生まれた。父は米海軍の軍人ダニエル・エドワード・フレドリギィル。父の乗る空母が横須賀に滞在していた時、母の由美子と出会って一緒になったんだ。その後、俺たちが生まれる前に父は米国に帰らなければいけなくなり、母は日本に残る決断をして地元で俺たちを生んだ。ケンカ別れしたわけじゃないから、その後も電話や手紙でやり取りをしていた。

ジュン 父親を初めて見たのは、高校に通うために米国に渡った時だった。中学卒業時に呼ばれて「英語も身につくし、行こう」となって行ったんだ。本格的にスポーツを始めたのもこの頃だ。

レイ 父に指定された場所にわけも分からぬまま行ったら…。

ジュン アマレスの練習が始まったんだ。

レイ アメリカの高校は、シーズンごとにスポーツが変わる。俺たちはアマレスとアメフトと陸上をやって、成績もそこそこ残した。高校最後の年には所属していたアメフトのチームがモンタナ州の大会で優勝した。俺はレギュラーだった。

ジュン チームに強いヤツが集まっていてぶっちぎりで優勝して、地元の新聞にも…。

レイ 載ったな! アマレスでも州の大会で3位とかになった。

ジュン 体もどんどんデカくなって自信もついて「将来はスポーツとか格闘技でメシを食っていきたい」と思うようになったんだ。それで父親に「卒業したら日本に戻ってキックボクシングをやりたい」と話したんだ。俺はK-1が好きだったからな。でも「大学は出てほしい」と反対されて、コミュニティーカレッジに入った。日本でいう短大のようなものだな。で、俺は卒業後に少し働いてから、22歳で日本に戻ったんだ。でも、弟は俺より前に戻っていた。

レイ 俺は1年半で休学したんだ。ユーチューブで朝青龍関の動画を見たのがきっかけだ。相撲のイメージが変わって「俺もできないかな」と思った。それで調べたら入門に年齢制限があったから、父親に言って先に帰って一度、出羽海部屋に入ったんだ。でも、正式に入門する前に1週間くらいで実家に帰った。アメリカから帰ってきたばかりで、団体生活になじめなくて…。その後はアルバイトをしていた。

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