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中国とタリバンの接近は市場リスクか?それとも?

トウシル / 2021年8月26日 6時0分

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中国とタリバンの接近は市場リスクか?それとも?

 バイデン米大統領による米軍完全撤退表明を受けて、イスラム主義組織タリバンが復権し、アフガニスタン情勢は混迷しています。中国はロシアと協調しながら、米国の「20年戦争」は失敗だったと批判しています。さらに、西側諸国の対タリバン制裁をけん制しつつ、実質的にタリバン政権を下支えする動きに出ると考えられます。中国のねらいはどこにあるのでしょうか。

 今回は、タリバンに対する今後の中国の出方、および市場へ及ぼし得る影響やリスクについて、解説していきます。

米軍撤退表明で混迷するアフガニスタン情勢

 今年4月、バイデン米政権が米軍をアフガンから完全撤退させると表明したことは、タリバンを勢いづかせ、実権を掌握する流れにつながりました。ガニ大統領が海外逃亡し、米国が支えてきたアフガン政権は実質崩壊。首都カブールの空港周辺は、タリバン復権に身の危険を感じ、脱出を試みる人々でごった返しています。

 8月24日、G7(主要7カ国)首脳はアフガン情勢をめぐって緊急テレビ会議を招集し、外国人やアフガン人協力者の安全な国外退避に向けて、緊密な連携を続ける方針を表明。また、女性や女児、少数派の権利尊重、各勢力を取り込んだ、包括的な政府の樹立を訴え、「アフガンが二度と、テロリストの安全な避難場所や他者へのテロ攻撃の源になってはならない」と強調しました。

 米軍のアフガン撤退期限は8月31日に設定されています。米軍による拙速な撤退はアフガン情勢をさらに混乱させる無責任な行動であると、疑問や批判を投げかける声がG7加盟国からもあり、米国に撤退時期延長を求める動きも見られます。

 一方、タリバン側は同期日の延長は認めず、バイデン大統領も期日内の撤退を堅持しており、今後1週間は予断を許さない状況が続くでしょう。

 バイデン大統領は、米国のアフガンに対する「20年戦争」を終わらせることを大義名分に、完全撤退を表明。これを、戦争を含めた対外介入に嫌気が差している有権者へのアピールとし、政権支持率を向上させたいのでしょう。

 2001年9月11日からの20年間で約2兆ドル(約220兆円)をつぎ込み、2,500人の米軍兵士、4,000人近くの米国民間人契約者、6万9,000人のアフガン警察、4万7,000人の民間人、5万1,000人の反政府勢力の兵士が死亡した「20年戦争」が、「成功」だったなどとはとても言えません。

 米国の一部有権者は、財源節約、内政問題解決に集中すべきといった観点から、バイデン政権の決断を支持するでしょう。米国の一部戦略家も、アラブ中東ではなく、中国やロシアといった新たな脅威との競争に財源や労力を回すべきだという観点から理解を示すのでしょう。

 一方で、G7加盟国を含めた西側諸国、および国際社会では、米国の中途半端な撤退を無責任な行動と受け止める様相が漂っています。米国がこれまで同盟国やパートナー国と連携、協調しながら保持してきた対外影響力や信用力を疑わざるを得ない結果となりました。内政でポイント稼ぎをするために、唯一の超大国である米国が対外的責任をないがしろにしたと。

 ここで頭の体操として、問題提起してみます。

 仮に北朝鮮が核実験やミサイル発射を含めて暴挙に出る、中国が台湾に対して武力侵攻する、尖閣諸島を実効支配すべく攻勢をかけてくるといった状況が起こったとします。

 米国はその時、「そこへ必要以上の財源や労力を割くことを、我が国の国民は望んでいないし、国益にも一致しない」と結論を出し、しかるべき関与と対応をしなかった場合、どうなるでしょうか。「戦う軍隊」を持たない日本は、深刻な安全保障上の危機に見舞われ、市場が大暴落するのも必至です。

 このように、米国によるリーダーシップとプレゼンスは、世界各地の平和や繁栄を左右し得るだけのインパクトを持っています。その出方や状況次第では、安全が脅威にさらされ、市場が混乱する結果を招き得るのです。

中国はアフガン情勢にどう対応しようとしているか

 そんな米国の動向、西側諸国間で浮上する見解や立場の不一致を注視しているのが、中国です。昨今のアフガン情勢に対し、中国共産党指導部が抱く戦略は、以下の3点だと私は分析しています。

(1)米国のアフガン戦争失敗を訴える過程で、国際的影響力を向上させる
(2)タリバンを実質的に下支えすることで、「核心的利益」を死守する
(3)結果的に「中国の特色ある社会主義」を堅持する共産党の正統性を強化する

中国の戦略(1)米国のアフガン戦争失敗を訴える過程で、国際的影響力を向上させる

 タリバンによる実権掌握が明るみに出て以来、王毅(ワン・イー)国務委員兼外相が、アフガン情勢を議論するために、各国外相との電話会談を精力的に行っています。以下、その日程をリストアップします。

日時 会談相手
8月16日 ラブロフ露外相、ブリンケン米国務長官
8月18日 チャブシオール・トルコ外相、クレシ・パキスタン外相
8月19日 ラーブ英外相
8月20日 ディマイオ伊外相
8月24日 カーフ蘭外相

 真っ先に露、米外相と会談を行ったのは、今後のアフガン対策を実行していく上で、この2カ国との関係が肝になると踏んでいるからです。

 ラブロフ外相との会談では、中露がアフガン情勢への対応で戦略的対話を強化していく旨で合意。引き続き中国は、西側諸国、新興国、途上国を問わず、各国政府と五月雨(さみだれ)式に対話と協議を続けることで、アフガン情勢対応を通じて、自らの存在感と発言権を強化しようとするでしょう。

中国の戦略(2)タリバンを実質的に下支えすることで、「核心的利益」を死守する

「米軍完全撤退表明→タリバン復権」の可能性を見越してか、7月28日、王毅外相が首都北京の隣にある天津市にタリバン幹部を迎え、対面で会談しています。王外相は次のように指摘しました。

「アフガンはアフガン人民に属する。アフガンの前途や命運は、アフガン人民の手中に掌握されるべきだ。米国やNATO(北大西洋条約機構)軍がアフガンから拙速に撤退することは、米国のアフガン政策の失敗を実質意味している。これによって、アフガン人民は、自らの国家を安定、発展させる重要な契機を得ることになった」

「タリバンはアフガンにおける重要な軍事的、政治的勢力であり、アフガンにおける平和、和解、再建プロセスで重要な役割を果たすことが期待される」

 タリバン訪中の目的は、米軍撤退を受けて自らが実権を掌握するプロセスに対し、中国の支持を取りつけることだったのでしょう。逆に中国は、自国が警戒する東トルキスタン・イスラム運動を含めたテロリストと一線を画すことを要求し、タリバン側に、「いかなる勢力であれ、アフガン領土内から中国に危害を与えることを絶対に許すことはしない」と約束させました。

 中国としては、米軍撤退後、タリバン政権下でテロリズムが横行し、大量の難民が新疆ウイグル自治区を含めた中国の領土内に押し寄せる事態を、国家安全保障の観点から警戒しています。王毅・ブリンケン会談において、前者が後者に「米国はいかなる形式によるテロリズムにも反対する。中国西部辺境地域で動乱が出現する事態を求めることはない」と約束させている場面からも、中国側の警戒度がうかがえます。

 テロや難民を警戒しつつ、中国は「一帯一路」の枠組みを使いながら、アフガンの経済振興や民生改善を支援していくでしょう。

 2016年、中国とアフガンは一帯一路をめぐる政府間のメモランダムに署名。以降、両国間の貨物貿易が本格的に実施されています。2019年には、中国による無償援助で国家職業技術学校を設立。アフガンの若者に専門的な技術教育を施しています。カブール大学には、中国による援助で教室や礼堂が造られています。

 中国としては、タリバン政権と連携しつつ、現地でのインフラや教育に積極的に関与し、経済力を後ろ盾にアフガンで「親中政権」を育みたい。これによって「核心的利益」である新疆ウイグルに関わる問題を解決する過程で、タリバンからの全面的な協力と支持を得ようとしていくでしょう。

中国の戦略(3)結果的に「中国の特色ある社会主義」を堅持する共産党の正統性を強化する

 王毅外相はブリンケン国務長官との会談で、次のように主張しています。

「事実は今一度証明された。外来のモデルを歴史、文化、国情が全く異なる国家に輸入しようとしても、それは相互にマッチせず、うまく立脚しない。一国の政権は、人民からの支持なくして自立できないのだ。強権や軍事的手段によって問題を解決しようとすれば、問題はさらに増えるだけだ。この教訓をしっかり反省する必要がある」

 アフガン問題を語りつつ、米国が自由、民主主義、人権といった価値観を掲げ、香港や新疆ウイグル問題で中国への「内政干渉」を強めている現状を強くけん制しているのが見て取れます。

 米国による内政干渉や価値観外交がいかに世界の平和と繁栄に逆行する結末を招くかを訴えることで、「だから新疆ウイグルや香港情勢にも一切干渉するな。すればするほど事態は深刻化し、結果的に米国自身の国益も損なうことになる」と言いたいのです。

 この目的は、「中国の特色ある社会主義」を掲げる中国共産党による統治こそが、新疆、香港を含めた中国の安定と発展を促すことができると、国内外で証明することにほかなりません。

アフガン情勢が市場に及ぼす3つの影響

 さて、ここからはアフガン情勢の混乱が市場に及ぼし得る影響を、私なりに考え、次の3つについて指摘します。

8月31日の米軍撤退期限に伴う混乱リスク

 一つ目が、8月31日という米軍撤退期限に伴う混乱リスクです。

 23日、日本政府も現地法人や大使館職員らを国外退避させるべく、アフガンに自衛隊機を派遣しましたが、米国を中心に、各国が競うように関係者を彼の地から脱出させようとしています。しかし、タリバン側はそれらの動きに警戒を強めており、自国民に対して空港へ赴かないように禁止令を発しているという情報もあります。

 カブール空港で銃撃戦が展開されるなど、銃発がはびこる地帯における極めて限られた時間内での攻防なだけに、どんな不測の事態が生じるとも限りません。タリバン戦闘員がドイツ人ジャーナリストの家族を殺害した実例もあります。日本人が絶対安全に退避できるという保障はどこにもありません。

米国の対外影響力、信用力の低下リスク

 二つ目に、上記でも言及した、米軍撤退に伴う、米国の対外影響力、信用力の低下というリスクです。

 トランプ前政権に比べ、バイデン政権では自由や民主主義といった価値観に基づいた西側諸国、同盟国、パートナー国間の団結を呼び掛けつつ、米国のリーダーシップの再構築に汗を流しているように見受けられます。

 一方で、米国内における人種、階層間での分断が進み、かつ行方が不透明なコロナ禍での経済再生に労力を取られる中、米国が対外的責任や関与を実質放棄する、消極的になる可能性は大いにあるでしょう。

周辺地域が不安定化する地政学的リスク

 三つ目に、「タリバン政権」下におけるアフガンに「力の空白」が生じ、テロや難民がはびこる中で、周辺地域が不安定化する地政学的リスクです。

 アフガンはイラン、パキスタン、そして中国など地政学的にリスク要因を抱える国家と国境を接しています。アフガン戦争は失敗に終わったとはいえ、過去の20年間、米軍の駐在はこの地域の安定に相当程度、寄与してきました。

 これから米軍が去り、誰がその役割を担うのか。私自身は、中国人民解放軍がアフガンに常駐する可能性は限りなくゼロに近く、アフガン情勢への介入にも慎重に慎重を重ねるとみています。あくまでも、ロシアと連携しつつ、タリバン政権との対話を継続しつつ、経済的支援を通じて同国の「崩壊」を回避する程度にとどめるでしょう。実のところ中国共産党は、タリバンを信用していません。

 そう考えると、やはり米国を含めた西側諸国と中国・ロシアが、アフガン情勢を軟着陸させることを共通の利益として、機能的に協力していく以外に道はないでしょう。

 中国は「タリバンが国内各派との対話と協議を通じて開放的で包容的な政権構造を築くことに期待している」(趙立堅[ジャオ・リージェン]外交部報道官、8月18日の定例記者会見)という立場を繰り返し述べてきましたが、これはG7首脳が表明した「少数派の権利尊重、各勢力を取り込んだ包括的な政府の樹立」という立場と基本的に一致しています。

 今後、西側諸国がタリバンに対して制裁措置を取るのかどうかが一つの焦点になります。中国は西側諸国にタリバンを制裁するのではなく、鼓舞すべきだと主張しています。

 両者の間で、アフガン情勢への対応をめぐって矛盾や摩擦が起こる可能性は十分にあります。しかし一方で、力の真空、地域の不安定化、テロや難民の横行といった最悪の事態を回避するために、タリバン復権を前提に、タリバンとの実利的対話を実行していく以外に選択肢がないのも、また事実です。

 アフガン情勢での連携が、米中対立の「緩衝地帯」としての機能を担い、新疆ウイグルや香港問題、通商やハイテクといった分野で歩み寄りの姿勢を見せるようになれば、市場にとって好材料になるかもしれません。

(加藤 嘉一)

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