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投資と為替リスクについて考える

トウシル / 2022年10月25日 12時0分

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投資と為替リスクについて考える

一般投資家にとっての為替リスク

 本稿の執筆時点(2022年10月)では、年初来進んできた円安が話題になっている。ドル円の為替レートで見て約30円の円安なので注目されるのはもっともだ。一方、内外の株式市場では、主に米国FRB(連邦準備制度理事会)による急激な金融引き締め(主に政策金利の引き上げ)を受けて、株価が大きく下落している。

 最近投資を始めた投資家は、米国株式をはじめとする外国の株式に投資信託などを通じて投資している方が多いが、彼らは、株価の下落が円安で救われた格好になっている。場合によっては「為替リスクは、株価下落のヘッジになる」と思っているかも知れない。

 この認識は危ない。多くの場合は異なるはずだ。為替リスクは原則として「追加的なリスク」だ。

 或いは、外貨の円に対する相対的な高金利に魅力を感じて外貨建ての債券や外貨預金などに投資していた向きは、為替リスクを追加的な収益を提供してくれるボーナス的なリターンの源泉だと感じているかも知れない。

 一般論ではあり得ない。円高を経験すると逆の感想を持つだろう。

 また、全く外貨建て資産に投資していない人は、「円安でインフレになっている」というニュースを見て、インフレヘッジのために外貨建ての資産を持たなければならないのだと思い始めているかも知れない。

 日本の対GDP輸入比率は案外大きくない。資産をインフレヘッジのために大きく外貨シフトするのは過剰反応だ。

 何れの見方も、少なくとも「一般論」として理解するには無理があるのだが、自分のお金について現実に発生した損得は過剰な説得力を持つことがあるので、誤解したままの人が少なくないかも知れない。

 今回は、投資と為替リスクの関係について一般的な性質を整理しよう。

運用商品販売ビジネスと為替リスク

 一方、金融ビジネスの提供者側の観点で為替リスクを考えると、大きく二つの意味がある。

 一つは、外貨建て資産は(外貨表示の)名目リターンの高さに顧客を惹きつける魅力があるが、為替リスクがあって損をする可能性が厄介だとするものだ。実際に、「損をするかも知れない」という可能性を知ったら全く投資したくないと思う個人は少なくない。商品の売り手にとって、為替リスクは、顧客の気づいて欲しくないか、軽視して欲しいリスク要因で厄介の種だった。

 もう一方で、為替リスクを逆手に取るビジネスもある。日本円に対する悲観論を述べて「将来ハイパーインフレになると円が無価値になるので、外貨建て資産(例えば米ドル建て債券や海外不動産)を持っていないと大変なことになる」と不安を喚起してビジネスを作るやり方もある(あまり感心しないが、引っ掛かる顧客がいるのでなくならない)。

 外貨建ての資産運用商品は、仕組みが複雑で投資家が勘違いしやすい落とし穴が複数あり得る。また、為替も含めて実質的な手数料を取ることが出来る場所が複数生じる場合が多く、概して手数料は高い。

「(対面営業や口コミで)人間が勧めてくれる外貨建て運用商品は全て断る」と決めておくことをお勧めする。運用商品は自分で選ぶ方が安心・安全だ。

機関投資家の悩みと割り切り

 個人投資家ではなくて、年金基金のような機関投資家にとっては、長年為替リスクは「円高の可能性」として悩みの種だった。

 世界の金融市場では、投資家がリスク・テイクに楽観的になるような状況(いわゆる「リスク・オン」)が生じると株価と米ドルの為替レートが共に上昇し、逆の場合(「リスク・オフ」の場合)はドル安と株安が起こる、という状態がここ数年顕著だった。

 そして、特に日本の投資家にとって問題なのは、日本の株価が世界の株価、特に米国の株価に連動することが多いため、円高と海外の株価下落と日本の株価下落が同時に起こって分散投資の効果が働きにくいことだった。近年のデータで計算すると、アセットクラスとしての「海外株式」と「国内株式」の相関係数は0.8に近い値が出る。

 今年に関しては、内外の株価がともに下落する中で、外国の株式と債券(外貨建ての債券価格は中央銀行の利上げの影響で下落している)が持っている為替リスクがプラスに働いたおかげで、トータルのリターンが多少助かっているといった状況なのだ。

 しかし、向こう2、3年を展望すると、日本の金融緩和政策が修正されて日本の長短金利が上昇するようになると、大幅な円高が避けられそうになく、この際に経験則的には日本の株価も下落するのではないかと懸念され、為替リスクに関する悩みは尽きない。

 年金基金レベルの運用資金額があれば、為替リスクをヘッジした投資が可能だが、公的年金など大手の基金が「長期的には、為替の変動は内外の物価・金利の変動を相殺するように動く(はずだ)」との期待の下に為替リスクをヘッジせずに外貨建て資産への投資を拡大してきたのが近年の趨勢だ。

 為替リスクについては「プラスに働く時と、マイナスに働く時があっても、長期的には損得ゼロだろう」とある種の理屈の下に考えて、また同業者が同じポジションであることの影響もあって、外貨建て資産の為替リスクはノーヘッジでいいと「割り切って」投資しているのが多くの基金の現状だ。

為替レートの決定要因

 為替レートの予想は率直に言って難しい。特に経済予測から為替レートを予想しようとするアプローチは、一見もっともらしく見えるのだが、なかなか当たりにくい(理由について、今回は省略する)。誰が言ったか忘れたが、「為替レートの予測は、エコノミストの墓場だ」という言葉を聞いたことがある。

 それでも、為替レートを決定する要因については、経験的、理論的にある程度コンセンサスが出来つつある。思い切って5項目にまとめてみよう。

(1)長期的には購買力平価(物価変動を相殺する為替レート形成)が成立する。自国通貨のインフレは自国通貨の為替レートを弱く(安く)する要因になる。

(2)1、2年程度の短・中期では物価要因(=購買力平価)よりも、内外の実質金利が影響する。実質金利が相対的に上昇する国の通貨は強くなる。金利は長短両方の金利が影響する理屈だが、経験的には「2年物」くらいの金利でグラフを描くと収まりがいいことが多い。

(3)長期的にも、物価の影響を考慮した金利収益が均衡するような力が働くと考えられていて、為替リスクはヘッジしてもしなくても長期的なリターンに大きな差はないと考えられている。

(4)貿易収支、経常収支は為替市場の需給を通じて為替レートに影響する。但し、資本市場の発達した先進国同士の為替レートの場合、貿易などの実物取引による為替需給の影響よりも、資本取引の影響が大きいので(2)の影響が優勢になることが多い。

(5)通貨の発行国の政治的弱体化や銀行システムのトラブルなどは、通貨への信認の低下を通じて当該国通貨の為替レートの下落要因になる。

 2022年現在の円安には、(2)の要因が圧倒的に効いている。米国ではFRBが金融引き締めに動いている一方で、日銀は長短の金利をほぼゼロに抑える金融緩和政策を継続しているので、内外の金利が拡大方向に変化していて円安になっている。

 尚、円安の日本経済にとってのメリットは、輸出企業の収益拡大や海外からの観光客によるインバウンド需要ばかりではない。国内企業の製品が輸入品との競争上有利になっているし、何よりも日本国内での投資や人材採用が有利になっていることの「現在から将来にかけての」効果が大きいはずだ。この点の理屈は、大規模な金融緩和政策が始まった当時から変わっていない。特にビジネスパーソンは円安による物価高(と言っても海外に比べると少しだが)の消費に対するマイナスを強調するよりも、円安が大きなビジネスチャンスであることに目を向けるべきだろう。

為替リスクにリスク・プレミアムはあるか

 筆者がかつてファンドマネージャーとして、また機関投資家の運用の研究部署で悩んで考えたのは、「為替リスクを負担することにリスク・プレミアムはあるか?」という問題だった。

 1990年代のことだが、ある年金基金(筆者が直接関わった基金ではない)の運用委員会のトップを務める大学教授の某氏は、「外貨建て資産は為替リスクがある。リスクがあるから、当然期待リターンが高いのです」と発言していて、「外国から日本に投資している投資家も為替リスク(同じ大きさだ)を負担しているのに、こちらでリターンが発生する時には、あちらがマイナスになるのだから、件の大学教授は間違っているのではないか」と筆者は考えた(理屈は当然こちらの方が正しかった)。

 為替リスクの負担に関しては、細かな話をすると、累積経常収支分だけの為替リスクポジションがヘッジ出来ずに残るのだが、資本取引の大きさに対して影響が軽微であることと、リスクポジションの保有に対するリスク・プレミアムがプラスなのかマイナスなのかは世界の投資家の他の資産のポートフォリオ選択に影響を受けて確定しないことから、「為替リスクの負担は、大まかには、ゼロサム・ゲーム的な構造になっている」と考えていいと当時は結論づけた。現在もこれでいいと考えられるし、FX(外国為替証拠金取引)の拡大の様子などを見ていると、為替市場のゼロサム・ゲーム的な参加者の厚みは増している。

「為替リスクの負担には、リスク・プレミアムはない」と結論づけていいだろうし、個人投資家もそう考えていていいだろう。

 また、個人投資家が年金基金と同じように「長期的には、為替レートの影響はプラスでもマイナスでもない」という原則を信じて、外貨建て資産を為替ヘッジなしで持つことは、現時点では「概ね現実的だ」と思っている。

 但し、「為替リスクの負担にはリスク・プレミアムがない」のだとすると、何年か後に来るであろう円安から円高への巻き戻し局面にあって、年金基金、ひいては個人投資家が為替リスクに対して何もしなくていいのかについては、些かの躊躇がある。

「現在の円安が投資家にとって幸運である分だけ、将来の為替リスクが怖い」と言うと少々脅かしすぎだろうか。

 今直ぐに脅かすつもりはないのだが、筆者は投資家よりも少し先に心配して対策を考えておきたいと思っている。

(山崎 元)

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