中国がレアアース磁石を禁輸した「背景」には何があるか?
トウシル / 2023年4月6日 10時5分
中国がレアアース磁石を禁輸した「背景」には何があるか?
とうの昔から「経済安全保障」を重視してきた中国
読売新聞は4月5日朝、「中国、EV中核部品のレアアース磁石技術を禁輸へ…脱炭素分野で覇権確立狙いか」という記事を配信しました。レアアースとは、産出量が少なく、抽出が難しいレアメタル(希少金属)の一種で、全17種。スマートフォンの製造や省エネ家電、次世代自動車など日本の産業界に欠かせない戦略的資源と見なされてきました。
同記事は冒頭で、中国政府がEV(電気自動車)や風力発電用のモーターなどに必要な高性能レアアース(希土類)磁石の製造技術について、国家安全を理由に輸出を禁止する方向で検討していること、世界的な脱炭素化の流れで動力の電気化が進む中、中国が磁石のサプライチェーン(供給網)を押さえ、成長が見込まれる環境分野で覇権確立を目指しているとみられること、を挙げています。
米中対立が日本を取り巻く国際環境にとっての既成事実と化し、経済安全保障を巡る法整備や議論が展開される中、米国、欧州、日本などが「中国の台頭」を念頭に輸出規制を進めています。例として、日本政府は3月31日、新たに高性能な半導体製造装置23品目を輸出管理の対象に追加しました。軍事転用の防止が目的で全地域が対象となっていますが、同盟国である米国が対中輸出規制を進めてきた中、日本に協調を求めてきたことが背景にあります。
中国を念頭に置いた日米欧の経済安全保障政策に対して、中国はどのように認識し、対応しているのでしょうか。中国政府で通商政策に従事するある知人は、次のように語ります。
「日本で経済安全保障に関する議論が過熱しているのは知っている。率直に言って、今更何を言っているんだという印象。経済安全を保障するという考え方や政策は、我が国ではとうの昔から存在している」
習近平(シー・ジンピン)総書記が2014年4月15日に召集した国家安全委員会第一回会議では、談話の中で初めて「総合的国家安全観」を提起し、「総合的国家安全観の内容は豊富で、開放的、包容的、不断に発展する思想体系である。その核心的内容は五つの要素と五対の関係に総括できる」と主張しました。
「五つの要素」
- 人民の安全を目的とする
- 政治の安全を根本とする
- 経済の安全を基礎とする
- 軍事、科学技術、文化、社会の安全を保障する
- 国際的安全の促進を依拠とする
「五対の関係」
- 発展の問題を重視し、安全の問題も重視する
- 外部の安全も重視し、内部の安全も重視する
- 国土の安全を重視し、国民の安全も重視する
- 伝統的安全を重視し、非伝統的安全も重視する
- 自国の安全を重視し、国際社会共通の安全も重視する
中国が国家の安全を大局的、総合的、全体的に保障していく上で、「経済の安全を基礎」としつつ、「発展だけでなく安全」を、「外部だけでなく内部の安全」も重視すると言っています。まさに、中国が国家安全、国家戦略の観点から経済安全保障という概念を捉えてきたことが分かります。習総書記率いる中国共産党は、国家の存続、盛衰、命運という角度から経済安全保障という問題を捉え、レアアースの禁輸に踏み切っているということです。
「中国輸出禁止・輸出制限技術目録」に含まれたレアアース
冒頭のニュースに話を戻します。昨年12月30日、中国商務部と科学技術部が連名で「中国輸出禁止・輸出制限技術目録」のパブリックコメント(意見公募)向けの改定案を発表しました。意見公募は今年1月中に終了、現在両部を中心に改定作業を行っており、遠くない将来、正式な「目録」が世に問われることになるでしょう。
輸出禁止を巡る参考原則の一番目に、「国家安全、社会公共利益、あるいは公共道徳を守るという観点から輸出を禁止する必要のあるもの」とあります。禁輸措置は国家安全保障戦略であるということです。中国の輸出は、(1)自由に輸出ができるもの、(2)輸出が制限されるもの、(3)輸出が禁止されるものの三つで構成されており、目録には(2)と(3)に関する項目がそれぞれリストアップされています。
読売新聞の記事が取り上げたのが、禁輸部分の第十一項目。以下のように記載されています。
番号 | 業界分野 | コード番号 | 技術の名称 | コントロールする上での要点 |
11 | 非鉄金属製錬・圧延加工業 | 213301J | レアアースの抽出・加工・利用技術 | ・レアアース抽出・分離技術 ・希土類金属および合金材料の製造技術 ・サマリウムコバルト、ネオジム鉄ボロン、セリウム磁石の製造技術 ・希土類オキシホウ酸カルシウムの調製技術 |
「コントロールする上での要点」に含まれるネオジムやサマリウムコバルトは、レアアースを用いた高性能磁石で、EV、スマートフォン、エアコン、航空機、ロボットなどにも使用される資源です。米国や日本が対中国で規制を強化している半導体産業にも深い次元で関わってきますし、日本企業の開発、生産活動への質的影響も必至と言えるでしょう。
中国は希少資源・レアアースとどう向き合ってきたか?
1992年、中国改革開放の総設計師と呼ばれた鄧小平が中国南部を視察した際、「中東には石油があるが、中国にはレアアースがある」と主張し、その戦略的意義、レアアースという資源の重要性を強調しました。
レアアースとは、再生不可能な戦略的資源。
これが中国政府の従来からの立場で、今になっても変わりません。2011年3月に行われた全国政治協商会議の場で、孫振宇委員が語った次の言葉がそれを如実に表しています。
「統計によれば、中国のレアアース埋蔵量は全世界の30%だが、中国が現在世界最大のレアアース輸出国であり、世界全体における生産と貿易の90%を提供している。近年、中国は国内法に基づいて、レアアース産業に対して必要な管理と制限措置を科している」
この国策に基づき、中国レアアースの埋蔵量と生産量は、2015年に約42%、約88%、2020年には37%、58%と生産量を削減してきていると同時に、輸出量も制限してきています。
そして、2021年1月、中国工業情報化部が「レアアース管理条例」(意見公募版)を公表しました。同部は、国益と戦略資源産業の安全を守る観点から、レアアースを統一的に管理する必要があること、法律に基づいてレアアースの生産経営秩序を規範化する必要があること、レアアースの採掘、抽出、分離だけでなく、備蓄、流通、二次利用、輸出などを含むサプライチェーンの全体管理を行う必要があることを説明しています。
また、中国にとって経済安全保障がとうの昔から議論されてきているように、輸出規制に関しても最近はじまった話ではありません。実際、「中国輸出禁止・輸出制限技術目録」が最初に発表されたのは2001年にさかのぼり、その後、2008年、2020年に改訂され、今回が3回目の改定となります。中国経済が紆余曲折を経ながらも成長し、米中間の貿易摩擦や先端技術を巡る攻防が激化し、脱炭素の流れが強まる中で、今回、中国がレアアースという希少な戦略的資源の禁輸に踏み切ろうとしているという経緯はおさえておく必要があると思います。突然降ってきた話ではないということです。
今回は、中国レアアース禁輸の背景について解説しましたが、次回は、その意図(目的)について理解を深めるべく扱おうと思います。
(加藤 嘉一)
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