個人の債券投資覚え書き
トウシル / 2023年6月13日 7時30分
個人の債券投資覚え書き
本稿は2023年の半ばに書いているが、昨年来のFRB(米国連邦準備制度理事会)やECB(欧州中央銀行)などの利上げの動きもあって、海外では長期債の利回りが上昇している。わが国でも、日銀の長期金利の誘導目標レンジが拡大されて、長期金利(10年国債の流通利回り)に時に0.5%に近づく程度の上昇が起こっている。
債券投資に興味を持つ向きが増えており、個人投資家が債券投資についてどう考えるかを整理するタイミングに来ていると思われる。
本稿では、個人投資家が債券投資について考える際に留意しておきたいことをメモ風にまとめてみた。
【1】株式と債券の組み合わせに妙味はあるか?
投資家にとって最大の注目点は、主に株式でリスクを取って運用するとしても、債券を組み合わせることに意味があるかだろう。
例えば、米国の企業年金の運用では、伝統的に株式6割、債券4割の「6:4」、あるいは株式債券半々のアセットアロケーションがポピュラーだ。その意図するところは、以下のようなものだ。
例えば、景気が悪化したとすると、企業の収益予想が下方修正されがちになるので株式のリターンは不調に陥ることが予想されるが、この場合に債券利回りは低下することが予想され、債券利回りの低下は債券価格の上昇を意味するので、株式の不調を債券ポートフォリオの好調が埋め合わせするような相関関係が期待できるとするものだ。たぶん、ファイナンスの教科書に出てくる「マイナスの相関関係の資産の組み合わせで、リスクの低減が期待できるケース」がイメージされることもあって、「6:4」のようなアセットアロケーションにはそれなりに支持者がいる。
ただし、アセットクラスとしての株式と債券との間の相関関係(リターンの相関係数で計測する)はそれほど安定したものではなく、時期によっては相関係数がプラスになることもある。
個人投資家が是非真似すべきだというほどの魅力は正直なところ感じないが、さて、どうしたものか。
【2】事実上、国債以外の債券は買いにくい
国債以外の債券の取引は流動性が無く、事実上、プロ投資家と証券会社の相対取引になっている。個人投資家の立場では、手持ちの債券を売ろうとした時に幾らで売れるのかが把握しにくいし、既発の債券を売買する時には業者同士で成立する価格からいくら乖離した価格で自分が売り買いしているのかが分からない。
率直に言って、個人が安心して投資できるのは国債だけだと言っていい。
尚、個人向けに販売されている「個人向け国債変動金利型10年満期」はやや特殊な商品だ。変動金利型なので将来の金利上昇リスクに強くて、一年以上持つと元本で償還できる条件が付いているので元本割れしない。個人が「どうしても減らしたくないお金」を運用する場合に有力な手段なので覚えておきたい。
最終的には、個人が自分のポートフォリオで10年国債を持つかどうかが問題だと思われる。それ以外の債券には、以下で述べるような難点がある。
【3】個人向け社債は、市場で不人気だから個人に売られている
大きなニュースがない日の「日本経済新聞」の夕刊などで、個人向けに売られている社債が人気を博しているといった趣旨の記事が載ることがある。「低金利の昨今、社債の利回りが人気だ」とコメントが添えられることが多い。そして、実際に、専ら個人に向けて社債が販売されることはある。もちろん、同じ年限の国債よりも少し利回りは高いだろう。
では、その利回りが、十分に魅力的なほど高いのかが問題になるが、既に結論は出ている。「そんなはずはない!」
どういうことか。社債の利回りは、主に発行体のリスクとの兼ね合いで判断されるが、プロの投資家にとって十分に魅力的な条件で社債が発行されると、その債券には需要が殺到して、俗に「瞬間蒸発」と呼ばれるような状態で売り切れてしまう。
特に証券会社の立場で考えてみよう。個人向けに売る債券の1トレード当たりの金額は、大手機関投資家向けよりも遙かに小口だ。つまり、手間が掛かる。また、予定した債券を売り切るためには営業部隊にそれなりの号令をかけなければならないことがある。機関投資家が買ってくれるなら、その方がいいに決まっている。
つまり、その社債が個人向けに売られているという事実の情報上のコンテクストを読み解くと、その社債が機関投資家市場で不人気な条件であることが分かる。
格付けを見て考え込む必要などない。個人に売られている社債は、その時点で魅力的な投資対象ではない。
【4】外国債券はしばしば手数料の塊である
日本国内の債券はまだ利回りが低い。では、外国の債券はどうだろうか。通貨によっては、魅力的に思える利回りの銘柄もある。
率直に言って、これも止めておく方がいいと筆者は思う。特に、対面営業の証券会社では投資しない方がいい。
外国債券は原則として、業者間の店頭市場で取引される。つまり、本当の市場価格が幾らなのか、個人投資家からは見えない。債券価格で実質的な手数料を大きく抜かれる可能性は小さくない。
加えて、外国為替の売買でも大きな手数料が掛かることがある。
セールスされる外国債券はしばしば「手数料の塊」だ。個人投資家は関わらない方がいい。
【5】仕組み債は個人向けに売られていること自体が問題だ
個人投資家が関わらない方がいい債券としては、いわゆる「仕組み債」を挙げねばならない。近年トラブルが絶えず、販売金融機関が行政処分の対象になる場合もある。
仕組み債は、販売額の数パーセントにも及ぶ実質手数料があり、それ故に熱心に売られているが、中身(つまりプライシングと損得)が分かれば投資したいと思わないことが確実な劣悪商品だ。つまり、現実に売れていること自体が、説明不足で誤解されているか、投資家が正確に中身を理解していないかの何れかであることの何よりの証拠になるような劣悪商品である。
筆者は、個人向けの仕組み債販売を金融庁が全面的に禁止すべきだと考えている。
もちろん、個人投資家は仕組み債に一切関わらない方がいい。
【6】個人と機関投資家では債券に対するニーズが異なる
ところで、債券を投資家はどのような目的で持つのか。機関投資家のニーズは、個人投資家とはかなり異なるように思える。
例えば、10年国債を考えよう。金融機関の場合、典型的な保有目的は負債との期間のマッチングだろう。現実には個々の目的にではなく、金融機関全体のポートフォリオが問題になるのだが、分かりやすく単純化すると、銀行なら10年の定期預金の見合いに10年国債を持つと、金利の変動リスクを小さくできる。保険会社なら、10年国債の利回りを基に保険商品の予定利率を考えているなら、この保険の積立金の運用サイドでは10年国債を持つことが概ね最も安全な運用だと考えられる。こうした負債側の事情によっては、10年債こそがリスク・フリー資産だということになる。
実際には先頃破綻したシリコン・バレー銀行(SVB)のように、短期の預金で資金を集めて、利鞘を稼ぐために長期の債券を持つようなALMを大きく逸脱したリスクテイクもあり得る訳だが、長期債の変動する利回りが「リスク」ではなくて「リスク・フリー金利」となる世界が存在する。10年国債の利回りとは限らないが、負債サイドの金利を長期金利としている運用資金は内外に少なからずあるはずだ。
このことは、短期金利をリスク・フリー金利だと想定する投資家からすると、長期債の利回りは長期金利変動のリスクを反映したリスクプレミアム入りの金利ではないものとして価格形成されている可能性を意味する。
また、機関投資家の資金は確定給付の企業年金がそうであるように、運用金額自体を大きく変動させることができないものである場合が多い。こうした資金の場合、資金全体を株式に投資するとした場合にリスクが過大であるなら、債券をリスクを薄めるための「水割りの水」(他に適切な比喩が思いつかなくて申し訳ない)のように使わなければならない場合がある。
つまり、機関投資家の場合は運用元本が安定的であってリスクはその中のアセットアロケーションの比率で考えたらいいが、個人投資家の場合、取りたいだけのリスクに対して運用資金を投入すればいいのであって、運用元本自体が可変である。
何が言いたいかというと、年金運用のような資金のアセットアロケーションと、個人のアセットアロケーションは大きく性質が違っている。特に、債券に対する扱いは大きく異なるはずだ。個人が年金運用を模倣することは必ずしも適切ではない。
しかし、しばしば年金運用のようなアセットアロケーションがプロの常識であり、個人投資家も真似るといいものとして個人に伝えられがちだ。
個人の場合、運用資金を「株式6:債券4」に分けるのではなく、単に「株式6」のリスクに相当する資金を株式に投資すればいいだけかも知れない。この場合、債券への投資は不要になる。
【7】ハイイールド債にはリスクプレミアムが存在する
一口に「債券」と言っても、債券には多くの種類がある。殆ど現金に近いものもあれば、限りなく株式に近いものもある。
後者に近い投資対象として、ハイイールド債は、信用リスクを負担する事に対してより高い利回りを要求するプライシングがなされている点で、株式に性質が近い。この世界に慣れた運用者にとっては、力の発揮し甲斐があるマーケットかも知れない。
ここまで手を伸ばすことができるなら、ハイイールド債を加えたアセットアロケーションを考えてもいいのかも知れない。
【8】個人投資家に債券投資は要らない
暫定的な結論として、
(1)個人が安心して投資できる対象が主に国債しかないこと、しかし、
(2)国債にはリスクプレミアム的なリターンが期待しにくいこと、
(3)個人の資産配分ではリスクを薄める必要性が乏しいこと、などを考えると、株式との分散投資効果が存在する可能性に少々未練は残るものの、個人の資産運用には債券投資は必要ないように思われる。
その方が運用がシンプルでもある。
(山崎 元)
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