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インドネシアに登場「豪華個室夜行列車」の集客力 フルフラット座席の「寝台車」、乗車率は9割超

東洋経済オンライン / 2023年12月22日 6時30分

シックな青色の車体が目を引く「コンパートメントスイート」客車(筆者撮影)

2023年秋、ブルートレインが復活――。といっても、日本の話ではない。10月10日、インドネシア鉄道(KAI)は約30年ぶりに「寝台車」を復活させ、ジャカルタ―スラバヤ間での運行を開始した。既存の特急列車に1両を増結する形で、夜行の特急「ビマ」と、その間合い運用となる昼行特急「アルゴスメル」の計2往復に投入されている。

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飛行機より高いが乗車率9割超

この車両は「コンパートメントスイート」と名付けられ、全室1人用個室、1両の定員はわずか16人。ジャカルタ―スラバヤ間の料金(インドネシアの鉄道料金は運賃と特急料金などが分かれておらず合算される)は、通常の「エグゼクティブ」の3倍以上にもなる207万5000ルピア(約1万9000円)から。夜行・昼行ともジョグジャカルタ、ソロを経由する南線回りで運行され、全区間の所要時間はおよそ10時間30分だ。

同区間の航空運賃は100万ルピア(約9200円)弱で所要時間1時間半ほどであることを考えると、この列車にはほとんど競争力がないように思えるが、列車に乗ることを楽しみ、ちょっとした贅沢を味わいたいミレニアル世代が主な客層となり、平均乗車率は9割を超えるほどの人気列車となっている。

鉄道ファンだけでなく幅広く注目を集めている21世紀のインドネシア版「ブルートレイン」に筆者もさっそく乗車してきた。欧州などでも夜行列車の復権が進む中、インドネシアの夜行列車事情とともに紹介する。

KAIはこの10年間で、清潔、安全、そして高付加価値化を柱とする鉄道改革を急ピッチに進めており、オンラインチケット化による駅の混雑解消、長距離列車の全席指定化、新型車両の大量投入を実施し、従来の鉄道に対するマイナスイメージを払拭してきた。

2018年6月には、その集大成として航空機のファーストクラスを彷彿させる定員18人の「ラグジュリー」を投入した(2018年7月15日付記事「『まるで旅客機』インドネシアの新型夜行列車」で詳報)。当初はジャカルタ―スラバヤ間を北本線経由で結ぶ特急「アルゴブロモアングレック」のみに連結されていたが、その後、主要都市を結ぶほかの列車にも連結が拡大された。

寝台車が今までなかった理由

当時の内部関係者は、ラグジュリーの次は寝台だと意気込んでおり、国営車両製造会社(INKA)での設計も始まっているとまことしやかに噂されていた。しかし、その後コロナ禍で計画は中断。右肩上がりだったKAIの業績も2020年、2021年には赤字に転落した。だが、2022年の営業利益は2019年比で100%を上回るまで回復した。輸送人員は7割ほどの回復にとどまるが、貨物輸送量が2割ほど増えたことに加え、旅客列車の全クラスで150%前後の値上げを実施したことや、高価格帯クラスの利用者増加が貢献した。

そして、2023年はKAIにとってコロナ禍後の再始動の年となった。3月にはINKAに一般客車(エグゼクティブおよびエコノミー)612両、ラグジュリー客車11両を発注している。ただ、今回のコンパートメントスイートは新造車ではなく2008年製のエグゼクティブ客車の改造で、必要最低限の3両が落成した。

ラグジュリー(1列×2列仕様のラグジュリーIIの登場により、現在はラグジュリースリーパーに改称)ですら値上げで最安値でも114万5000ルピア(約1万560円)となっている中、その倍額となるコンパートメントスイートの需要はなかなか読めず、改造で対応したものと推測される。現状、3運用に対して3両のみのため、検査時には連結されないことになるが、好調な利用を受けてか、4両目の改造も完了した。

インドネシア、とくにジャワ島では、昼夜を通して主要都市間を日本の在来線特急のごとく頻発する長距離列車が結んでいるが、意外なことに寝台車が運行されていた期間はそう長くない。東西の主要都市であるジャカルタ―スラバヤ間は、北本線経由なら720kmほどで、線路の高規格化で最高速度が時速120kmに引き上げられた今では最速の特急「アルゴブロモアングレック」は8時間5分で結んでしまう。寝台で横になるには、少々物足りない所要時間である。

実は、現在の下りビマ60列車も、スラバヤ到着時刻は午前3時30分とあまりにも早すぎる。2015年のダイヤだとジャカルタ発は今の17時とほぼ変わらないが、スラバヤ到着は5時48分とほどよい時間だった。この変化は、それまで細切れだった南本線の複線化が2019年~2020年にかけて一気に進み、さらに2021年9月に最高速度が時速120kmに引き上げられたことが理由だ。夜行列車の朝到着時刻が早すぎるという問題はほかにも多くの夜行特急列車で発生しており、速達化の思わぬ落とし穴になっている。

かつては売春の温床に

寝台車が定着しなかった理由は、所要時間の問題以外にももう1つ理由がある。

今回復活した寝台車、コンパートメントスイートを連結するビマは、1967年にインドネシア初の冷房寝台特急「ビルマランエクスプレス」として、東ドイツ(当時)のゲルリッツ製車両を導入して運転開始したのが始まりだ。英訳すればブルーナイトエクスプレス、まさに寝台列車にぴったりの愛称であり、実際に車両も真っ青な車体で、ほかの列車とは一線を画す存在だった。当時唯一運行されていた寝台列車かつ最高級列車という位置づけで、ホテルのような設備とサービスだったと紹介されている。

車両は、寝台を線路の方向と並行に配置した2人用(2段式)個室の1等寝台と、寝台を線路と直角の方向に配置した3人用(3段式)個室の2等寝台が、間に食堂車をはさむ形で連結されていた。しかし、1984年には早くも1等寝台の連結がなくなり、1990年代初めまでにオール座席化が図られ、車両もほかの特急列車と共通となってしまった。その後は愛称のみがその出自を物語る存在となっていた。

インドネシアでは、この寝台車廃止の理由を社会的問題として一言で片づけているが、実態は車内での売春行為の横行である。始発駅の線路内には娼婦が立ち、寝台特急に乗る上客を相手に営業していたという。

駅構内で無許可で営業を行う露天商や、車内の売り子たちは「ごろつき」とのつながりも指摘されており、一朝一夕に追放することができない。よって、寝台車を廃止することで、物理的に娼婦を追放したのだ。ちなみに、その後も長らく残った露天商や売り子も、一連の鉄道改革の中で国軍の力を借りて2013年までに強制追放された。今では利用者が昼夜問わず、安心して駅を利用できる環境が整っている。

今回登場したコンパートメントスイートは完全な1人用個室であり、寝台車(車両番号も寝台車であるTを名乗っている)とはいうもののあくまで座席ベースである。個人的には完全にフラットなベッドとして寝返りくらい打てるようにしてほしいと思うが、過去のトラウマを引きずっているのだろうか。また、大家族主義のインドネシアでは、大人数でわいわいがやがやと旅行するのが当たり前だ。複数人でコンパートメントスイートに乗車しようとすれば出費がかさむうえ、おしゃべりに興じることもできない。

そんな中で「完全おひとり様向け」のプロモーションに出たのはかなりチャレンジングなことだと感じると同時に、インドネシアの経済、文化がいかに成長したかを感じさせる。

改札は「顔認証」で

寝台モードの乗り心地を試すべく、筆者はスラバヤ発のビマ59列車に乗車することにした。スラバヤからジャカルタ方面への列車が頻発しているのは北本線の始発駅、スラバヤパサールトゥリ駅だが、ビマの発着は南本線のスラバヤグブン駅だ。駅の規模の割に、構内で時間を潰せるカフェなどがあまり多くないのが不便であるが、コンパートメントスイートのチケットを保有している乗客は、VIP用待合室を利用できる(ラウンジのある駅ではラウンジも利用できる)。

KAIの多くの主要駅では顔認証改札が導入されており、利用登録を済ませていれば「手ぶら」で改札を通過できる。KAIは2022年9月のバンドン駅での試験運用開始を経て、2023年から導入を積極的に進めている。

インドネシアでは全国民にKTPと呼ばれる、日本でいうマイナンバーカードの所持が義務付けられており、あらゆるサービスを利用する際に必要となっている。鉄道もその1つで、以前から中・長列車のチケット購入時には氏名、KTP番号の入力が必須である。今ではチケットのオンライン購入率が90%を超え、とくに公式アプリからの購入時には、駅でのチェックイン(チケット本券の発券)も不要になったが、改札口でアプリのQRコードとKTPを駅係員に提示する必要があり、改札口前の混雑の原因になっていた。

駐在員など長期滞在する外国人を含め、インドネシア居住者の顔写真と指紋は法務人権省に登録されている。KAIでは、この情報とチケット購入時のKTP番号をひもづけし、顔認証改札を実現している。また、ブラックリストに登録されている客の乗車拒否が可能としている。

利用登録は簡単で、とくにインドネシア人同様にKTPを所持していると、専用端末でKTPの情報を読み取り、そこに指紋認証するだけでアクティベーションされる。登録はものの5秒で終わり、その瞬間から改札機を手ぶらで通過できるようになっている。

改札前でほとんど立ち止まることなく、何も持たずに(理論上、KTPを所持していなくても乗車できる)ただ改札を通過するだけで全国の列車に乗れるというのは革新的である。これに慣れてしまうと、もう従来の乗車方法には後戻りできない。日本では駅窓口の縮小、そしてインバウンド観光客の増加で、みどりの窓口が阿鼻叫喚の大混雑になっており、ネット購入のチケットを発券することすらままならないと聞くが、日本の鉄道の情報技術社会への乗り遅れは死活問題のように思えてならない。

ただ、KTP番号のない外国人旅行者はこの顔認証システムを使うことができず、駅によっては一部の改札が顔認証専用改札になってしまっているので、乗車時には注意が必要である。

食事付き個室車の乗り心地は

ビマが6番線にいよいよ入線してきた。無機質なステンレス客車が連なる編成の一番前に、紺色に金のデザインを施した上品な客車が1両ある。これがコンパートメントスイート車両である。乗り込むと、専属のパーサーが部屋番号のところへ案内してくれる。すぐにウェルカムドリンクも提供された。ほどよく暗い通路はホテルの廊下のような雰囲気である。個室は引き戸式の自動ドアで、室内からロック可能だ。

座席はタッチパネル式の電動リクライニングシートで、効果のほどは不明だがマッサージ機能も付いている。最大の売りは、この座席は方向転換できることであろう。先代のラグジュリーは固定式で、半分の確率で進行方向と逆向きになってしまうという欠点があった。コンパートメントスイートの座席はガイドレールに載っており、この上を前後にスライドさせることで回転するスペースを確保している。座席を最大限に倒してフルフラットにする際もいったん座席の位置を前にスライドする必要がある。これも電動だが、これらの利用方法もパーサーが教えてくれる。

スラバヤグブンから乗車したのは私を入れてわずか2人だったが、途中のジョグジャカルタからは満席という。やはり、スラバヤ―ジャカルタ間での他交通機関との競争力には難があるようだ。しかし、ジョグジャカルタ―スラバヤ間でも170万ルピア(約1万5600円)程度の料金となるため、KAIとしては収益性に問題はないだろう。

発車するとすぐに食事が提供され、洋食かインドネシア料理を選べる。この日の洋食は、クリーム風味のフィットチーネとチキンカツだった。ボリュームはそれほどないが、パン、フルーツサラダ、それにチョコレートケーキも出されるので満腹になる。

コンパートメントスイートの唯一の不満はテーブルが小さいことだろうか。ひじ掛け下から出すタイプで、食事を置くとそれだけでいっぱいである。ノートパソコンを開くにも少々心もとない。小さいテーブルには目をつぶって、ジョグジャカルタまでの間はパソコンで一仕事。しかし、プライベート空間の個室はここまで落ち着くものなのだと感心した。筆者は新幹線などではまったくパソコン作業のできないたちなのだが、この個室はいい。

高速鉄道以外も急速に進化

ソロ、ジョグジャカルタからの乗車が続き、満席になった。客層は若い夫婦、友達2人組、1人旅の旅行者といった感じだ。すでに深夜帯であるため、食事提供を早朝に変更することも可能だという。筆者もここで就寝。ラグジュリーは完全フラットではないため、どうしても腰への負担を感じたが、こちらは座席ではあるものの寝台と名乗るだけあってまったく気にならない。ぐっすり眠れてしまい、気づけばジャカルタも目前だった。

高速鉄道の開業に沸くインドネシアの鉄道だが、在来線も日進月歩の変化を見せている。高速鉄道と並行するジャカルタ―バンドン間などでも、高価格帯車両クラス「パノラミック」を導入し、差別化と収益性の向上を図っている。さらに、一部列車ではエグゼクティブを減車し、ラグジュリーを3両に増結している。それでも、つねに満席の状態だ。インドネシアの経済成長に比例するように高級化路線がとどまることはないだろう。

ジャワ島各線はドル箱路線となっており、列車を走らせれば走らせるだけ客が乗る状況だ。次はどんな車両が導入されるのかが楽しみだが、それに加えて年間2兆ルピア(約184億5400万円)の黒字計上も目前のKAIの収益が、積もり積もって高速鉄道延伸の原資になっていくということも忘れてはならない。

高木 聡:アジアン鉄道ライター

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