成長した若宮、うつくしいが故に漂う「不気味さ」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・桐壺④
東洋経済オンライン / 2024年1月14日 16時0分
「故大納言の遺言を守り、娘には宮仕えをさせようという志をしっかりと持ち続けてくれたお礼に、その甲斐(かい)あったとよろこばせたかったものを、今となってはもうどうしようもない」と、母君のことが不憫に思えて仕方がない。「桐壺は亡くなったけれども、若宮が成長したら、それなりの身分におさまることもあるだろう。どうか長生きして、孫の立身出世を見届けてほしいものだ」と帝は言う。
命婦は、母君に託された贈り物を渡す。亡くなった楊貴妃(ようきひ)のたましいを尋ね出した幻術師が、その証拠のかんざしを持ち帰る長恨歌の話を思い出し、これもまた亡き人をさがしあててきた証拠の品だったらどんなにいいだろう、と思うけれども、致し方ないことである。
尋(たづ)ねゆく幻(まぼろし)もがなつてにても魂(たま)のありかをそこと知るべく
(亡き桐壺の魂をさがしにいく幻術師はいないものだろうか。そうすれば、人づてにでもそのたましいのありかを知ることができるのに)
どれほどすぐれた絵描きが描こうとも、筆力には限りがあるのだから、楊貴妃の絵には生き生きとしたうつくしさは乏しい。太液池(たいえきち)のほとりに咲く蓮(はす)の花みたいにうつくしい顔立ち、未央宮(びおうきゅう)の庭の柳のようにしなやかな体つきで描かれた楊貴妃を眺め、その唐風(からふう)の装いも、さぞやすばらしかっただろうと帝は思う。そう思うにつけ、思いやり深くかわいらしかった女のことを思い出してしまい、それはどんな花の色にもどんな鳥の声にもたとえることができない。朝夕をともにして、比翼(ひよく)の鳥になろう、連理の枝になろう、生きている限り二人はいっしょだと約束したのに、その願いも断ち切るいのちのはかなさが、どうしようもなく恨めしく思える。
風の音を聞いても虫の音を聞いても、帝はひたすら悲しみを覚えるのだが、弘徽殿女御(こきでんのにょうご)は帝の寝室に参上することもいっこうになく、月のうつくしいその晩に、夜更けまで管絃の演奏を楽しんでいる。帝はおもしろく思わず、その音を不快な気持ちで聞いた。悲しみに暮れる帝の様子をずっと見ている殿上人(てんじょうびと)や女房たちは、漏れ聞こえてくる演奏の音を、じつにはらはらして聞いた。弘徽殿女御は我の強い、きつい性格の女で、桐壺の死によせる帝の悲しみなどまるで気遣うことなく、平気でそのようなこともできるのだろう。月も沈んだ。
食事にも手をつけず
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