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成長した若宮、うつくしいが故に漂う「不気味さ」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・桐壺④

東洋経済オンライン / 2024年1月14日 16時0分

「あれほど若宮をかわいがっていらしたのに、やはり決まりを重視なさるのだ」と世間の人たちは噂(うわさ)し合い、また弘徽殿女御(こきでんのにょうご)もひと安心したのだった。

始まった宮中での暮らし

若宮の祖母君は、悲しみに打ちひしがれたまま、立ちなおることもできず、いっそ娘のところに行ってしまいたいと願っていたからか、とうとう息を引き取ってしまった。帝はその知らせを聞いて、またいっそう深い悲しみを覚えるのだった。六歳になった若宮は、もうものごとの道理をわかっていて、この時は祖母の死をきちんと理解し、祖母を恋い慕って泣いている。祖母君も、だいじに育ててきた若宮をこの世に残していく未練を、亡くなる際まで幾度も幾度もくり返し嘆いていたという。

若宮はすっかり宮中で暮らすようになった。七歳になったので、読書始(ふみはじめ)の儀を執り行い、学習をはじめてみると、世に類いないほど聡明で賢いことがわかってきて、またしても帝は不吉な思いにとらわれる。

「今となっては、だれも若宮を憎んだりはしないだろう。こんなに早く母君を亡くしたかわいそうな身の上なのだから、どうかかわいがっておくれ」

と帝は、弘徽殿を訪れる際も若宮をいっしょに連れていき、そのまま御簾(みす)の中にも入れてしまう。たとえどんなに猛々(たけだけ)しい武士や仇敵(あだがたき)であったとしても、ひと目見たらほほえまずにはいられない、そのくらい若宮はかわいらしく、かの弘徽殿女御でも邪険にすることができない。

弘徽殿女御には二人の皇女(こうじょ)がいたが、若宮のうつくしさとは比べものにならなかった。そのほかの女御(にょうご)や更衣(こうい)たちも、まだ幼子の若宮を前に、顔を隠すこともなく相手をするが、こんなにも幼いうちから気品に満ちて、こちらがかえって気後れするほどなので、本当におもしろい、遊び相手のしがいのあるお子だとだれもが思う。ひと通りの学問ばかりでなく、琴や笛の演奏なども、宮中の人を驚かせるほど達者、そればかりか、ひとつひとつ数え上げたらキリがないほど何もかもが人並み以上にすばらしく、少々気味の悪いほどだった。

次の話を読む:亡き人にうりふたつ「藤壺」がもたらす宮中の変化

*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです

角田 光代:小説家

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