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野球指導者が子どもに体罰してきた歴史的な経緯 「体罰と日本野球」が解き明かすその根深い背景

東洋経済オンライン / 2024年1月23日 11時50分

中村氏の研究によれば、日本野球で体罰が顕著になってくるのは、東京六大学が設立され、今の甲子園、高校野球の前身である中等学校野球大会が生まれた大正期だという。

つまり、野球熱が高まり、メディア、社会の注目も集まり、チームに多くの選手が集まってレギュラー争いなど、競争が高まる中で「体罰」が始まったのだという。

「大学野球ではベンチ入りは20数人くらい。チームサイズが大きくなって、その2倍くらいの部員がいるようになってから、体罰などが顕著になってきたようです。これくらいになると、努力してもレギュラーとかベンチ入りメンバーになれない可能性がかなり高まります。

だから、実力的に及ばず、球拾いだけ、バッティングピッチャーだけで現役を終える選手が出てくる。それとともに体罰や暴力が増えてきた印象ですね」

筆者のもとには「厳しいしごきにも耐えたが、大学4年間、一度も試合に出なかった。でもその4年間があったことで、今は一流企業に就職できている。4年間の忍耐は決して無駄ではなかった」と、体罰、パワハラ体質を肯定する声が届いている。

暴力、体罰が続いた背景には、それを肯定的に見る認識があったということか?

「まさに体育会にいることで、就職に際してインセンティブが働くようになったのだと思います。辛くて理不尽なだけだと普通は耐えられないと思うんです。事実、多くの人が耐えられなくてドロップアウトしていくんですが、それに耐えた先に一流企業就職みたいな人参がぶら下がっていた、ということではないでしょうか。

高度経済成長期には慶應義塾大学とか明治大学の野球部の選手は、望めば一流企業に就職できる体制ができていたんですね。こうした体育会就職はすでに大正期には始まっていた。つらかったけども、それに耐えたから一流企業に勤めることができた、みたいなことが繰り返されて、体罰、しごきみたいなものも、それに耐える意味があるんだよ、と価値づけされる。暴力的な指導を肯定する仕組みができたと思うんですね」

プロ野球選手などの自伝から統計調査

筆者が取材をしてきた実感でいえば、指導者から「体罰、暴力を振るったか?」を聞き出すことは、簡単ではない。今のご時世、どんな状況であっても暴力を肯定することは社会常識として許されないからだ。昔の指導者に話を聞いても「そりゃ若いころは無茶もしたよ」と言うのが関の山で、具体的に暴力を振るったかどうかを聞き出すのは難しかった。

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