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「奨学金450万円」借りた女性が中国で就いた仕事 男尊女卑、モラハラ夫、コロナを乗り越えて…

東洋経済オンライン / 2024年1月24日 12時40分

進路も決まっていないまま、修士課程を終えてしまった戸上さん。そこから、彼女は博士課程には進まず、結婚という道を選んだ。

「当時、付き合っていた中国人の彼氏に『卒業したら結婚しよう』という話をされていたので、卒業と同時に結婚しちゃいました。6歳年上の夫は、同じ大学院を出ているのですが、いい感じの仕事に就いており、着実にキャリアを積んでいました。

そこで、夫から『子どもが欲しいから仕事しなくてもいいんじゃないか? 専業主婦という道もあるだろう?』と提案されて。さすがに、それはこれまで自分が勉強したことを、すべて捨てるような考えだったので、どうにかして『自分の学んできたことを社会に活かしたい! 社会参加したい!』と思って、正社員の仕事を探しました」

本腰を入れて改めて就活を始めたのはいいが、時代は就活氷河期。100近くのもの履歴書を書いたものの、職歴なしの院卒既婚女性は条件が悪く、選考には落ち続けるばかり。しかし、若者向けハローワークに通い、相談員のアドバイスも受け、なんとか見つけた正社員の研究職に就くことができた。

そこから3年。戸上さんは転職を果たして、外資系メーカーで働き始めると、高度不妊治療を経て、第1子を出産。勤務先では初めてとなる産休・育休を経て、産後8カ月で職場に復帰した。

「ただ、職場の雰囲気とメンバーが以前と変わっていて、非常に仕事がやりにくくなっていました。しかも、保育園に預けている子どもはしょっちゅう熱を出すので、上司に頭を下げてお迎えに行くことも多々ありました」
 また、戸上さんが働きたい理由は社会参加したいからだけでなく、毎月2万5000円の奨学金の返済もあったからだ。そうしているうちに、次第に夫婦関係にもほころびが生じ始める。

「子どもが病気を繰り返すようになり、ついには肺炎で入院になってしまいます。当然ながら、その付き添いをやらなければならないのですが、夫は一切手伝ってくれなかったんです。疲労で仕事のミスも連発するようになり、精神的に病みました。そんな中、いよいよわたしも過労で倒れてしまいます。

そこで、『仕事と育児はもう無理だ』と思うようになり、夫からも『仕事を辞めて家にいたほうがいい』と言われたことで、職場復帰半年足らずで仕事を辞めました。

そしたら、今度は夫が『中国に帰りたい』と言い出したんです。わたし自身、仕事はもう辞めたし、昔から中国に興味もあったので快諾して、子どもを連れて中国に引っ越すことにしました」

予想以上にハードな異国での生活

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