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なぜ紫式部は光君を「闇抱える男」として描いたか 源氏物語が普遍的に問う「生きることの苦しみ」

東洋経済オンライン / 2024年2月4日 12時20分

身分って今もあるんでしょうけど、当時に比べたら私たちは意識することなく暮らしていけるので、非常にわかりづらい。でも夢のなかで、光君に想いをかけられても全然おもしろくない、想いに応えたとしてもいいことなんかひとつもないという気持ちになった。

目覚めてすぐにメモをとりました。山本先生のお話を聞いて、たぶん私は「世」と「身」を体感したんだと思いました。その体感があって『源氏物語』に入っていけた気がしたので、ちょっとほっとしました。

男性優位を肯定する物語ではない

山本:研究者として本当にうれしいです。たぶん角田さんは紫式部と同じ精神的経験をなさったのだと思います。

紫式部が一度人生に絶望して、「私のこの身の上だったら、なんの意味もないわ」と思ったことが『源氏物語』の中にあって、そこから角田さんに乗り移った。古代では、夢になにかが現れるというのは、夢を見ている人の精神状態じゃなくて、現れる人が現れたくて現れていると解釈します。だから紫式部が現れたくて角田さんの頭のなかに入ってきたということだと思いますよ。

角田:なんてありがたい解釈!

山本:「空蝉」ということは、まだ初期の段階ですね。きっと紫式部は角田さんに「あなたが訳して。あなたに『源氏物語』を託すわ」と言いにきたのでしょう。

角田:ありがとうございます。泣きそうです。

山本:2017年11月に、私はハーバード大学で『源氏物語』のワークショップをしました。主に日本やアジアの研究をしている大学教授や大学院生が聴講なさいましたが、そのなかでゴードン先生という方から質問されました。

「最近、大学の講義で『源氏物語』は人気がありません。幼児性愛や性暴力への拒否感がアメリカではひどく強いので、光源氏は嫌われていますし、『源氏物語』は扱いにくくなっています。どうしたらいいですか?」

角田:たしかにそうですよね……。でもね、とは思います。私は「若紫」を換骨奪胎して書いたとき(注)、やっぱり反発心があったんです。子どもをさらって自分好みに育てるという男性性への拒否感から、男性優位に見せかけておいて、実は女性のほうが優位に立っているという物語を書きました。

注)『源氏物語』の全訳に取り組む5年前、9名の作家がそれぞれ1帖を担当して現代語訳するアンソロジー企画で角田氏は「若紫」を担当した(新潮文庫『源氏物語九つの変奏』)。

だけど『源氏物語』を訳しながら読んでいくと、そう単純なことではないんじゃないかと思うようになりました。

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