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道々の色恋に心弾ます男と、それに悩み募らす女 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・夕顔②

東洋経済オンライン / 2024年2月11日 16時0分

粗末な板塀に白い花がひとつ、笑うように咲いている(写真:yasu /PIXTA)

輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。

紫式部によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』。光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵が描かれている。

この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 1 』から第4帖「夕顔(ゆうがお)」を全10回でお送りする。

17歳になった光源氏は、才色兼備の年上女性​・六条御息所のもとにお忍びで通っている。その道すがら、ふと目にした夕顔咲き乱れる粗末な家と、そこに暮らす謎めいた女。この出会いがやがて悲しい別れを引き起こし……。

「夕顔」を最初から読む:不憫な運命の花「夕顔」が導いた光君の新たな恋路

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夕顔 人の思いが人を殺(あや)める

【図版】複雑に入り組む「夕顔」の人物系図

だれとも知らぬまま、不思議なほどに愛しすぎたため、
ほかの方の思いが取り憑いたのかもしれません。

気品に満ちた「六条の女」

一行は、先払いの松明(たいまつ)も目立たないようにして、乳母の家からこっそりと出発した。西隣の半蔀はすでに下ろしてある。その隙間から灯火がちろちろと漏れている。蛍の光よりいっそうかすかで、ものさびしげに見える。

目当てである六条の邸(やしき)に着いた。木立や植えこみなど、格段に趣深く、ゆったりとした優雅な暮らしぶりがうかがえる。光君を迎える女君は近寄りがたいほど気品に満ち、光君は先ほどの夕顔の家などすっかり忘れてしまう。

翌朝、少しばかり寝過ごした光君は、日が上る頃に邸を出た。朝の光の中で見るその姿は、世間の人が賞賛するのも無理からぬうつくしさである。

今日もまた、夕べ通った蔀戸の前を通る。今までも通っていたはずの道だけれど、昨日のささいなできごとが気に掛かり、どんな人が住んでいるのだろうと前を通るたび思うようになった。

数日後、惟光(これみつ)が光君の元に参上した。

「病人がまだよくなりませんで、何かと看病いたしております」などと言ってから、光君の近くに寄ってささやく。「仰せになられました通り、隣の家のことを知っている者を呼んで尋ねましたが、はっきりしたことは申しません。ごく内密に、五月頃から同居している方がいるようですが、どこのどなたなのかは、西の家の者たちにも知られないようにしているとのことです。時々私は垣根越しにのぞいてみますが、確かに若い女たちの透影(すきかげ)が見えるのです。上裳(うわも)のようなものを申し訳程度に引っかけていますから、仕えている女主人がいるのでしょう。昨日、狭い家の隅々まで夕陽が照らしている時に見てみますと、その主人らしい女性が手紙を書いているのが見えました。じつにおうつくしい方でございました。どことなくさみしそうで、そばに仕える女房たちも声を抑えて泣いているのがはっきり見えましてね」

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