壮絶ないじめも耐えた「光源氏の母」の一途な愛 夫と息子に愛された桐壺更衣が詠んだ歌
東洋経済オンライン / 2024年2月11日 17時0分
恋愛ドラマや映画の冒頭では、女が実によく死ぬ。
それは家族と穏やかに暮らしている優しい母、あるいは海が見えるレストランの席でサプライズプロポーズを受ける、若くて美しいフィアンセ。楽しげに笑い声を立てたり、無邪気な表情を浮かべて、走りながら何度も振り返ったりするシーンが流れると、死亡フラグはほぼ確定である。
「光源氏」を残して去った桐壺更衣
昼ドラも真っ青なドロドロの愛憎劇を繰り広げる『源氏物語』は例に漏れず、そのクリシェの上に成り立っている。ストーリーが動き出すや、女が死ぬ。
正確に言うと、冒頭に限らず懊悩煩悶のはてに死を遂げる女性人物は少なくないが、最初の犠牲者となるのは、桐壺帝の寵愛を一身に受けた桐壺更衣である。彼女は光源氏という素晴らしい置き土産を残して、物語の世界から早急に退出してしまうのだ。
しかし、彗星のごとく消え去るとはいえ、桐壺更衣が忘れられることはけっしてない。桐壺帝も息子の光源氏も一生をかけて亡き更衣の面影を求め続けるし、彼女の化身とでもいうべき藤壺の宮や紫の上は『源氏物語』を大きく盛り上げている。彼女らの影に隠れて、桐壺更衣は物語の深層にしぶとく生き続ける。
では、ミカドをゾッコンにさせた上に、光源氏の運命を決定づけた宿命の女・桐壺更衣はどんな人物なのだろうか?
実は、身分がそこまで高くないという情報以外、彼女についてほとんど語られていない。数多のライバルを蹴落としてミカドの心を摑んだ経緯も記されていなければ、身体描写も一切ない。心の声である和歌もたった一首しかない。桐壺更衣の存在は、まったくもって謎である。
具体的な描写がないのは、仕方ないのかもしれない。そもそも平安朝のご婦人は姿を披露する機会が限られていたし、逢瀬も夜闇にまぎれて重ねるものだったので、男女はお互いの外見を吟味する習慣はあまりなかったのだ。
そのような文化のもとに生まれた『源氏物語』もまた、不美人で有名な末摘花を除けば、レディースの顔やボディーラインを捉えた詳細な記述はめずらしい。それでも扇子のようにゆらゆらと広がる艶やかな黒髪だの、煌びやかな着物だの、キュートな仕草だの、光源氏の人生を通過する女たちは何かしらの特徴があって、それぞれの風格が読者の目にパッと浮かぶ。
桐壺更衣へ壮絶な「いじめ」
一方で、肝心な桐壺更衣の印象は至って薄い。少なくとも、我々現代人にはそう感じる。
最も印象的なのは、彼女に対して行われた壮絶ないじめ。
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