「比叡山の焼き討ち」で家臣に示した信長の"哲学" 家臣はなぜ僧兵らを恐れず戦うことができたか
東洋経済オンライン / 2024年2月19日 17時0分
信長は決してうそを言って、家臣を丸め込んだわけではありません。明智光秀のようなインテリと伝えられる武将も、十分に納得できるレベルの説明でした。
フィクションの世界では、信長の前で光秀が土下座して、「比叡山の焼き討ちはおやめください」と懇願するシーンがよく見られます。
しかし実際は、延暦寺焼き討ちの10日前に、地元の国人に出した光秀直筆の手紙の中で、彼自身が「僧を皆殺しにする」と決意のほどを述べていました。
そもそも光秀は、焼き討ちでの武功を評価されて、近江国坂本の城主となったのです。比叡山のある土地をもらっているわけですから。当時の光秀には、信長についていけば何事もうまくいく、成功するという、絶大な信頼がありました。
焼き討ちは、現代の感覚すればとうてい受け入れられないことかもしれません。が、どのような戦術を命じても、それに見合う説得力があれば、部下は信じてついてきてくれるのです。この比叡山焼き討ちは、そのことを雄弁に語っているのではないでしょうか。
戦国時代に働きやすい環境を整えていた武将といえば、意外に織田信長でした。
がむしゃらに成果を求め、やる気を家臣団に強要するイメージが、信長には強いのですが、史実の彼は「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」のイメージとは程遠い、優しさと気配りが家臣団にできる、当時としては珍しい武将だったのです。
確かに信長は、家臣に対して過酷なまでにプレッシャーを与え、怠惰に対しては病的にこれを許さず、ときに仕置きをするパワハラリーダーのイメージが強いのですが、単に冷酷で無慈悲な暴君であれば、そもそもあれほど多くの部下がついてはいかなかったでしょう。
家臣の団らんを大切にした信長
“天下布武”の王手まで行くことも、無理であったかと思われます。恐怖だけで、人を完璧に支配することはできません。
実際、織田家は他家から転職してきた者にとって、働きやすい職場でした。門地(家柄)にこだわることなく、本人の実力のみが求められ、成果をあげればどんどん出世することができました。
名門の武田家では、生え抜きの家臣と新設の外様の区別が露骨であり、牢人で仕官した人々の部隊は、全軍の弾除けとして前線に出すような使い方をされていました。
信長はそのような区別はしません。転職組の明智光秀が懸命に頑張ったのも、頑張れば頑張った分、報われる制度が織田家にあったからです。
光秀は以前、朝倉義景の許に仕官したいと努力しましたが、外様の牢人というだけで、ろくな扱いをしてもらえませんでした。10年ほど頑張りましたが、正規の家臣にはしてもらえず仕舞い。それが信長のもとでは、次々と能力を見出され、生え抜きの誰よりも早く城持ちの身分(最高幹部)に出世しました。
信長は、家臣への気配りもよくできた武将でした。
例えば一時、清州から小牧山に城を移した信長は、単身赴任者が多く、ろくなものを食していないのを知ると、すぐさま家臣たちに家族を呼び寄せることを命じています。家臣たちの体調管理や家族団らんによる心身のリフレッシュ、息抜きまで、信長は大切に考えていたのでした。
実力主義の評価システムに、福利厚生まで充実した織田家で、家臣たちがモチベーション高く働く姿が想像できるのではないでしょうか。リーダーは戦術を磨くとともに、その原動力への気配りの力も磨くべきかもしれませんね。
加来 耕三:歴史家、作家
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