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「辛口な紫式部が歌を絶賛」恋に生きたある女性 清少納言に対してはパンチの利いた言葉で批判

東洋経済オンライン / 2024年3月3日 7時50分

敦道親王が死去すると、宮仕えすることになった和泉式部。寛弘6(1009)年に、一条天皇の中宮・彰子のもとに出仕している。紫式部が彰子に仕えたのは寛弘2(1005)年頃だから、2人は同僚ということになる。

そんな和泉式部のことを、紫式部は「和泉式部といふ人こそ、おもしろう書きかはしける」と『紫式部日記』に書いて、その文才に一目置いている。

続いて「和泉はけしからぬかたこそあれ」と書いており、「和泉にはちょっと感心できない点があるけれども」と恋愛スキャンダルについては思うところがあるようだが、こう続けている。

「うちとけて文はしり書きたるに、そのかたの才ある人、はかない言葉のにほひも見え侍るめり。歌は、いとをかしきこと」


 
「うちとけて文はしり書きたる」は「気軽な気持ちで手紙を書いたとき」という意味で、かしこまることなく自然と「そのかたの才ある人」、つまり、文筆の才能を感じさせるとしている。

「はかない言葉のにほひも見え侍るめり」は「ちょっとした言葉にも、香気を放つのが見える」といったところだろう。

さりげないところに才を感じる……というのは、歌人としても言われて嬉しい言葉に違いない。「歌は、いとをかしきこと」として、和泉式部の優れた和歌に賛辞を贈っている。

しかし、紫式部という人物は、どうも手放しに誉めることに抵抗があるらしい。

その後、和歌の知識や理論にいては「まことの歌よみざまにこそ侍らざめれ」(本物の歌人といふうではないですが)と苦言をいったん挟みながら、「口にまかせたることどもに、かならずをかしき一ふしの、目にとまる詠み添へ侍り。」(口をついて出る言葉の中には、必ずはっとさせる一言が添えられています。)と、やはり歌については評価している。

紫式部は褒める時ですら辛口だった

だれけども、和泉式部が他人の作品をあれこれいうことには「そこまであなたはわかっていないでしょう」と、意地悪な気持ちになるのを抑えられなかった。次のように書いている。

「それだに、人の詠みたらむ歌難じことわりゐたらむは、「いでやさまで心は得じ。口にいと歌の詠まるるなめり」とぞ見えたるすぢには侍るかし。「恥づかしげの歌よみや」とはおぼえ侍らず。」

(といっても、彼女が人の歌を批判したり批評したりするものついては、<いや、そこまで頭でわかってはいますまい。思わず知らず口から歌があふれ出るのでしょう>とお見受けしますね。ですから<頭の下がるような歌人だわ」とは私は存じません。)

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