世界最悪「有毒ガス事故」から日本が学ぶべき倫理 アメリカ企業がインドで起こした悲劇の根本
東洋経済オンライン / 2024年3月19日 15時0分
複数の「正しさ」が衝突し、対立が深まる時代、人は「何でもあり」の相対主義に陥りがちになると指摘するのが、応用倫理学を専門とする村松聡・早稲田大学教授です。論理ではわりきれない問いに直面したときに“筋を通す”ための倫理とは何か? 世界最悪の産業災害ともいわれる「ボパール化学工場事故」を題材に村松氏が解説します。
※本稿は村松氏の新著『つなわたりの倫理学 相対主義と普遍主義を超えて』から一部抜粋・再構成したものです。
死亡者が2万人を超えた悲惨な事故
技術者倫理(engineering ethics)──ビジネス倫理や企業倫理とも言われる──では、企業自身がグローバル化し、さまざまな地域、国へと進出するようになるとともに、地域、国家の間にある不公正の問題が浮かび上がってきた。多国籍企業の問題、あるいは南北問題として必ずといっていいほど取り上げられるボパールのケースをみてみよう。
1984年12月、アメリカの多国籍企業ユニオン・カーバイド社が農薬を製造していたインド中央に位置するボパール市の化学工場で、有毒ガス事故が起きる。農薬セヴィンの製造過程で生じる有毒なイソシアン酸メチルが漏れ出た結果生じたものだった。
この有毒物質は毒性が強く、経口摂取すると呼吸困難、重度の場合、肺気腫、肺出血などを引き起こし死に至る。常温では通常無色の液体で、ボパールの工場でもタンクの中に貯蔵されていた。
ところが貯蔵タンクに水が混入し、発熱反応が起きてしまう。イソシアン酸メチルは沸点が39℃と低いため、温度の上昇と共に気化する。タンクの爆発により、最初の1時間で30トン、2時間ほどで40トンの有毒ガスが大気中に拡散していった。
その結果、事故翌日までに付近の住民2000人以上が死亡する。ボパールを州都とするマディヤ・プラデーシュ州は死者3787名を確認、最終的に有毒ガスが原因と考えられる死亡者は2万人を超え、2018年の時点でなお60万人ほどの人が後遺症に悩むと報告されている。
なぜ貯蔵タンクに水が混入したのか。未熟な技術者による水を使ったパイプの洗浄によるミスから、意図的な混入まで諸説あって、正確にはわかっていない。
危機管理対策にも問題があった。工場には不測の事態に備えて被害を抑える防御システムがあったが、事故当時、経費削減のため作動していない。イソシアン酸メチルを冷却し気化を防ぐ冷却システムは1982年以来操業停止していて、高温を知らせる警報は取り外されていた。
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