斎藤幸平氏「大学で『古典』を読むべき理由」 新入学生に贈る令和版「大学で何を学ぶか」
東洋経済オンライン / 2024年3月30日 10時30分
それは何かと言うと、1つは、ある種の知的謙虚さだと思います。昨今は、論破王のような話も含めて、多くのことを知っていて、相手の裏をかいたり、盲点を突いたりすることがクリティカル・シンキングだと考えられがちなのですが、古典を通じて学ぶということは何百年、場合によっては何千年前の人たちがすでに、いまの私たちが抱えているような問題のかなりの部分についてかなり本質的に考えていたことを学ぶことになります。このことが、ある種の知的謙虚さを身に付けるということであり、それが考えの異なる他者との対話を可能にしてくれるのです。
もう1つは、古典を読むことによって、単なるマニュアル思考には収まらないスケールの知の体系に出合えることです。カントやヘーゲルを読むとなると、それを10分でまとめることは不可能です。そこに直面したときのスケールの大きさというのは何か途轍もないものがあって、そのようなものに触れることで、逆に、目先の効率性やマニュアル思考を相対化し、より大きな視点から社会や世界について捉えられるようになります。これからの危機の時代には、暗記やマニュアル思考では対応できない。だから古典で培われる思考力こそが重要になるのです。
こうした経験は、私自身がアメリカでのリベラルアーツ教育を通して得たものですが、古典を読んで、自らの考えをまとめ、それを自分なりの言葉で説明するというリベラルアーツの授業で得た経験は、現在の自分にとって大きな力となっていると思っています。ですから、自分の授業でも学生に対してそれを還元するようにしています。
堀内:斎藤さんとは立命館大学稲盛経営哲学研究センターの「人の資本主義研究プロジェクト」でご一緒させていただいたのが最初のご縁ですが、私もビジネスサイドから、人間や人生の根源を問うような哲学や思想といったものが大事だと思っています。それで、ビジネスと学問の間に立つ実務家教員として大学で指導にあたっているのですが、東大をはじめ各大学の立派な先生たちが、実社会との接点をきちんと持たれているのか、そしてその学問的成果が実社会に還元されているのかということについては疑問に思うことがあります。
学者という狭い「枠組み」の中で考えると、良い論文を書いて、良い発表をして、学会の中で評価されるということが一つの目指すべき方向性としてあるのは理解できます。しかし学者同士で一生懸命難しい話をしていても、それだけではダメで、哲学にしても思想にしても、世の中との関わりをどう考えるか、そして最終的にはどのように「良き社会」を実現していくのかということがボトムラインにあるべきではないかと考えています。
実社会の不都合なものを変えていく
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