あわや事故も、大正・昭和天皇の鉄道「ご受難」史 勾配で電車逆走し衝突寸前に、脱線にも遭遇
東洋経済オンライン / 2024年4月27日 6時30分
東京から熱海まで、丸一日がかりの行程だったことがわかる。新橋から国府津までは官営鉄道の汽車に乗り、国府津で、この前年の1888年10月に開業したばかりの小田原馬車鉄道(国府津―小田原―箱根湯本間 12.9km)に乗り換えられている。
小田原から熱海へ4時間
この馬車鉄道は、国府津以遠の東海道線が、現在の御殿場線ルート(国府津―御殿場―沼津間)で建設されることになったため、街の衰退を危惧した小田原・箱根の有力者らが発起人となって敷設したもので、1900年に電化され(小田原電気鉄道)、今日の箱根登山鉄道へと発展していく。
続けて旅程を見ていくと、小田原駅で「御昼休」をとられているが、この小田原「駅」とは鉄道駅のことではない。明治初期に従来の小田原宿などの「宿」を再構成して設置された行政区画の「駅」である。1889年4月以降に施行された町村制により小田原駅は廃され、小田原町が誕生する。
小田原駅から先は、途中、2度の「御小休」を挟みつつ、熱海まで人力車で4時間がかりの旅であった。「熱海風土記」によれば、当時、教養主任だった陸軍中将・曾我祐準(そがすけのり)が「小田原から人力車上に十歳の皇太子(注:原文ママ)を抱いてやってきた」とある。ご病弱の大正天皇にとっては、難儀な道のりだったに違いない。
小田原から熱海までの駕籠や人力車での行程は、多くの旅人にとって楽なものではなかった。後に「軽便鉄道王」と呼ばれた雨敬こと雨宮敬次郎も、苦しい思いをした一人だった。雨敬が結核を患い熱海へ療養に出かけた際、人力車に揺られたせいで吐血。このとき、少しでも移動が楽になるよう、小田原から熱海まで鉄道を敷くことを考えたという逸話がある。
この雨敬と、東海道線のルートから外れることで陸の孤島化することを危惧した熱海の有志の人々が結びつき、小田原―熱海間の鉄道敷設計画が浮上する。ところが、実際にできあがったのは、経費を抑えるため、レール上のトロッコのような客車を人が押す「人車鉄道」という代物だった。
大正天皇は「人車」に乗車したか?
この豆相人車鉄道(早川口―熱海間 約25km)の路線は、そのほとんどが海沿いの崖上の道(当時の県道)を行く、険しいコースだった(江の浦付近は山の中を行く)。当時はトンネル掘削技術も発達していなかったし、そもそも建設費を安く抑えるために、このような経路が選定されたのである。
アップダウンも厳しく、江の浦を頂点に、根府川―江の浦―真鶴間はかなり長い急坂を上り下りする。上り坂を押し上げるのが大変なのはもちろん、下り坂でも、貧弱なレール上で、車幅の割に背が高く、バランスの悪いこの乗り物をスピードが出た状態で操車するのは難しく、大事故が起きたこともあった。下記は、1906年8月29日付の横浜貿易新報(神奈川新聞の前身)記事である。
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