母の営むスナックで私が学んだ「考える力」の本質 ホステス「こずえちゃん」が取り除いてくれた偏見
東洋経済オンライン / 2024年5月19日 11時40分
財政社会学者の井手英策さんは、ラ・サール高校→東京大学→東大大学院→慶應義塾大学教授と、絵に描いたようなエリート街道を進んできました。が、その歩みは決して順風満帆だったわけではありません。
貧しい母子家庭に生まれ、母と叔母に育てられた井手さん。勉強机は母が経営するスナックのカウンターでした。井手さんを大学、大学院に行かせるために母と叔母は大きな借金を抱え、その返済をめぐって井手さんは反社会的勢力に連れ去られたこともあります。それらの経験が、井手さんが提唱し、政治の世界で話題になっている「ベーシックサービス」の原点となっています。
勤勉に働き、倹約、貯蓄を行うことで将来の不安に備えるという「自己責任」論がはびこる日本。ただ、「自己責任で生きていくための前提条件である経済成長、所得の増大が困難になり、自己責任の美徳が社会に深刻な分断を生み出し、生きづらい社会を生み出している」と井手さんは指摘します。
「引き裂かれた社会」を変えていくために大事な視点を、井手さんが日常での気づき、実体験をまじえながらつづる連載「Lens―何かにモヤモヤしている人たちへ―」(毎週日曜日配信)。第7回は「こずえちゃん」です。
母のスナックで働いていた「こずえちゃん」
数年前のことだ。ご近所さんが亡くなった。年齢は私と同じくらいだった。1人暮らしをされていて、事実がわかったのは、亡くなって少し時間が経ってからのことだった。<孤独死>が年齢を問わないこと、こんなに身近で起こりうることに、衝撃を受けた。
だが思い起こすと、子どものころ、知り合いが1人寂しくこの世を去る体験をしたことがあった。
母のスナックで働いていた「こずえちゃん」だ。
こずえちゃんは独身で、年のころ40代のホステスさんだった。分厚いメイクが印象的で、髪はパンチパーマ、おまけに金色に染められていた。大の酒好きで朝から晩までお酒を飲んでいた。絵に描いたようなアルコール依存症だった。
彼女はカラオケがうまく、北島三郎を歌わせると天下一品、「夜汽車」が十八番だった。陽気な人で、お店は笑いで包まれていた。正直にいうと、暴れん坊の彼女を私は少し苦手に感じていたが、母はなぜかウマが合うようで、とてもかわいがっていた。
たまたま学校の宿泊行事があり、旅行先でお土産を買うことにした。母と叔母、2つ買えば十分だったが、ふと、いつもお店にいるこずえちゃんの顔が頭に浮かんだ。私は、深く考えもせず、彼女のお土産を買うことにした。
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