戦争を始めた世界のエリートは自国民を守らない ミアシャイマー『大国政治の悲劇』が示す国家の自己保存
東洋経済オンライン / 2024年5月19日 8時0分
本来人間は理性的で、合理的であり、世界がそれを理解すれば戦争はないという国際均衡論の発想でも、戦争が防げるわけではない。社会主義国は利益の相反がないがゆえに戦争がないという議論や、民主主義国同士は戦争しないという議論も、これまで何度となく戦争によって破られており、今では説得力を失っている。まさに不条理に、突然戦争へと進むこともあるからだ。
こうした議論の中で、きわめて現実主義的であり、なおかつゲーム理論的な戦争論が出てきてもおかしくはない。ジョン・J・ミアシャイマーの『大国政治の悲劇』(奥山真司訳、五月書房、2007年、新装完全版は2019年)は、まさにそうした戦争の原因を追究した、興味深い書物だといえる。
本書には国家は生存願望をもち、そのためならなんでも行うという前提がある。スピノザの時代、17世紀に盛んに議論されていた自己保存権(コナトゥス)を国家に当てはめ、そこから問題を展開するのだ。
そこでは、国家は単体の意思決定をもつ人間個人と同じものとされる。国家を構成するのは国民であるといった問題は、最初から念頭にない、国家の存続という世界が前提される。
自己保存権という考えは、最小限の単位としての個人を設定し、すべての人間は自己を保存する権利を、最初から神によって与件されているのだと考える思想である。だから、人間は自己を守るために集団を形成し、国家をつくり、ひたすら自己の保存を図る戦略をとる。
こうして、国家の成立は、自己保存権を前提として説明されたのである。自己保存のために、個人の上に立つ巨大な権力である国家が人々に承認されたのだ。
「攻撃的現実主義」
この自己保存権を、個人ではなく、国家そのものに適用したところに、ミアシャイマーの議論のユニークさがある。世界を構成する意思をもった最小単位が国家であり、その国家が存在することが当然の権利としてあれば、国家は自らの生存を求めて、戦略を立てる。
国家の自己保存本能を、ミアシャイマーは「攻撃的現実主義」という言葉で表現している。国家が最も安全に保てる方法は、その国家の周りにある地域の覇権を獲得することである。
しかしそれは国家の規模や世界の情勢に左右されているので、覇権国家であることは必然ではない。時に、弱い国家は同盟を結び、覇権国家の衛星国になるなど、なんとか生き延びる術を考える。
時と状況によって、国家は生き延びる戦法を変えるわけである。米ソ冷戦時代のように二極対立構造の場合、2つの覇権国家ががっぷり四つに組むことで比較的安定を生み出し、米ソは直接戦うことはないし、その衛星国も同盟の中で戦争も起こらない。
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