伝説のバンドに東大生の私が学んだ「生きる価値」 肩書を取られたら何も残らないちっぽけさを痛感
東洋経済オンライン / 2024年5月26日 11時20分
「助けて、英策、殺される……」
私は、腰を抜かしそうになりながら手元にあった生活費をかき集め、各駅停車に飛び乗って実家のある久留米市をめざした。
わが家に帰ると、雨戸がすべて降ろされており、玄関は固く閉ざされていた。人の気配もない。不安でいっぱいになった私は、入り口の引き戸を思いきり叩いて叫んだ。
「英策よ、帰ってきたよ、開けて」
中からあらわれたのは叔母だった。彼女は無言で私を部屋へと導いた。電気も、ガスも、水道も止められていた。室内はむせ返るような暑さだった。
暗闇の中に母はおり、下着姿でポツンと正座していた。あの誇り高き母が・・・自分が気づかないうちに、後もどりできない状況に追いつめられてしまったことを感じた。
母から、連帯保証人になっていた叔母とふたり、いよいよ借金で首が回らなくなった、と聞かされた私は、おそらく大学にはいられなくなるのだろう、と思いながら家を出た。
空気を切り裂くように響いたギターの音
あてもなく歩いた私がたどり着いたのは、近所のバッティングセンターだった。
ポケットを探る。わずかな小銭がある。私はお金を機械に入れた。まともに打ち返す気力などない。とんでもない無駄使いをしている、そんな罪悪感がおそってきた。
すると、突然、空気を切り裂くようにギターの音が響きはじめた。
ミッシェルの「世界の終わり」だった。
私はアベさんのギターが大好きだった。でも、俺は音楽で飯を食うわけじゃない。ミュージシャンはしょせんミュージシャンだ。<東大生のわたし>はそんな冷めた目で彼を見ていた。
だが、アベさんのマシンガンカッティングは、私のプライドを粉々にくだいた。東大生という「肩書」をはぎ取られてしまえば何も残らない、そんな自分のちっぽけさを思い知らされた気がした。
借金取りと会いたくなかった私は、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、遠回りして家に戻った。戦争でパートナーを亡くし、3人の子を残された祖母が、どの木で首を吊って死のうか考えた、という話を思いだしながら、家の近所をフラフラとさまよっていた。
だが、捨てる神があれば、拾う神もある。たしかに神はいた。母の親友がお前なら信用できる、と言って、私にお金を貸してくれたのだ。
私は大急ぎで闇金の借金を清算した。奨学金の助けもあって学業も続けられた。10年がかりだったが、姉とともに、借金をすべて返すことができた。
希望でいっぱいの私に届いたアベさんの悲報
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