ダウン症児を虐待、私の愚行から考える偏見の真因 不寛容な日本社会の根底にあるのは「無知」
東洋経済オンライン / 2024年6月16日 12時0分
彼は運転手さんの後ろの席を好んだ。車内の混雑にもかかわらず、その子のまわりにはいつも人がいない。でも、彼はそれを気にするふうでもなく、手すりをしっかりとつかみ、運転手さんの様子、窓の外の景色を夢中になって見ていた。
そういえば、一度だけ、席のことで、彼がひどく声を荒らげたことがあった。理由は意地悪な子が冷やかしで席に割り込んだからだった。
それ以来、私たちは、彼をますます怖がるようになった。「あの子は変だ」「すぐに暴れる」……散々、彼を傷つけてきた私たちは、たった一度の彼の「反論」を理由に、彼のすべてを否定するようになった。
私たちの行為は「社会的な虐待」
あれから40年以上の月日が流れた。
私たちの行為は「社会的な虐待」だった。邪気のない「言葉の暴力」をバス中でまき散らしていた。私の人生のなかで、もっとも恥ずべき行為の1つだった。
大人になった私は、障がいのある人を見るたびに彼のことを思いだし、胸が締めつけられるような気持ちになる。
彼は1人でバスに乗っていた。きっと事情があったのだろう。本人も、親御さんも、どれほど勇気が必要だったことか。私や連れあいが親御さんの立場だったら、とてもそんな勇気は持てそうにない。
先頭の席が好きだった彼は、誰かがそこに座っていると、とても悲しそうな目で席を見つめていた。特等席に座ることは、たんなる好き嫌いを超えて、彼の自尊心とも関わっていたのかもしれない。
後悔だらけの悲しい記憶。だけど、最近、子どもたちに絵本を読み聞かせるようになって、気づかされたことがある。それは、子どもだった私たちには、ダウン症の彼がどんな人間かを知る機会を与えられていなかった、ということだ。
彼には私と違うところがいくつかあるが、それ以外は私と同じだ。だとすれば、どういう疾患で、どういう症状があるのか、ちょっとした学習で理解できたことはたくさんあったはずだ。
それなのに、先生や大人たちは、私たちに何も教えてくれなかった。私が読んでいた教科書、絵本、マンガのなかにも、手足の不自由な子やダウン症の子が登場することはなかった。
だから、自分と違って見えるその子を見て、言葉にできない恐怖を感じた。同じ肌の色の子。同じ国の子。同じような背格好で同じ言葉を話す健康な子。そんな<単色の社会>など、世界中のどこを探しても見つからないというのに。
障がい者への差別は「大人たちの責任」
障がいについて知り、一緒に過ごす機会がなければ、相手のことなどわかりようがない。だから、私たちは偏見を持つ。
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