「千年古びない浮気描写」の妙を角田光代と語る 源氏物語の新訳に挑んだ5年がもたらしたもの
東洋経済オンライン / 2024年6月25日 9時0分
会話文以外は基本、敬語を省いて訳しました。あとは、長い文章を短く区切ったり、主語をはっきりさせたり。とにかく端的な文章で、今何が起きているのか明確にわかるようにと心がけました。
話がクリアにわかると人間ドラマが際立ちます。あのときこういうことがあったから、この場所で2人は出会ってしまって、出会わなければ起きなかった悲劇が起こり……みたいな、小説本来の面白さですね。
千年前の「浮気描写」がすごい
――確かに角田さんの訳を読んで、現代に置き換えても古びない言動や場面描写がたくさんあると感じました。
私が現代風にアレンジしたのではまったくなく、紫式部が書いていることそのままなんですよ。びっくりしますよね。
例えば、夕霧という男性の話が印象的でした。長らく引き離されていた相思相愛の人とやっと結婚できて、子どももたくさん生まれて、源氏物語にこんなに幸せな人はほかに出てこないよ、というくらい幸せなんだけど、やっぱり浮気をして。
その描写がすごい。家の中は散らかっていて、子どもが泣いてわめいて、奥さんは片乳出して赤ちゃんをあやしている。一方、浮気相手は未亡人で、しーんとしたきれいな部屋で、しっとりみやびやかに暮らしている。煩わしい日々の生活から逃げ出すような浮気なんですね。
これって、現代でもほぼ同じようなことが起きているじゃないですか。今小説に書かれていても、全然不思議ではない。そういう描写が千年前にすでにあったというのは、すごいなと思いますよね。
――一方、源氏物語には小児性愛や連れ去りといった、現代においては不適切とされる場面も多々あります。訳者として、また読者として、どう向き合いましたか?
とくに嫌悪感はありませんでした。千年前の、しかもフィクションに、現在の不適切という感覚を当てはめては考えませんでした。ただそんな中でも、時代の変化みたいなものは確かに感じました。
どういうことかというと、例えば、藤壺のお話。光源氏は父親(帝〈みかど〉)の後妻である藤壺と浮気して身ごもらせてしまうのですが、この逢瀬のとき、藤壺自身は光源氏をどう思っていたのか。つまり、忍び込んでくるのを待っていたのか、それとも拒んだのに犯されてしまったのか。
この点、実は歴代の源氏物語の専門家たちの中でも解釈が分かれているんです。訳し終わってしばらくしてからそのことを知って、びっくりしました。
何がびっくりって、解釈の入り込む余地なんてないと思っていたんです。「待っていた」とはどこにも書いてないし。だから、それぞれの解釈には「どう読みたいか」が少なからず影響しているのではないかと感じました。
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