「千年古びない浮気描写」の妙を角田光代と語る 源氏物語の新訳に挑んだ5年がもたらしたもの
東洋経済オンライン / 2024年6月25日 9時0分
――そのピークを過ぎても、源氏物語は続いていきます。
そうですね。あるところから、具体的には「宇治十帖」のパートですが、紫式部は皆を喜ばせるためじゃなく、仕事を失わないためでもなく、自分のために書き始めたような気がします。これは先に紹介した山本淳子先生の話などを聞くにつけ、最近強く思うようになったことです。
読者として不思議なのは、源氏物語なのだから光源氏が死んだところで終わっていいじゃないか、ということ。でも、終わらなかった。そう考えると、作者に光源氏の栄光よりもっと書きたいものがあったんじゃないかと思わずにいられません。
「宇治十帖」みたいな地味で人間臭い話が、宮廷で続きを待っていた人たちを喜ばせるはずはないと思うんですね。するとやっぱり、ここは本人が書きたくて書いたパートなんじゃないかなと思うようになりました。
――現代訳に取り組んだ5年間をどう振り返りますか。
とにかく長い、終わらないというのが大変でした。自身のスタイルとして、以前から基本的には平日9~5時で仕事をしてきましたが、それでは全然終わらない。残業しまくり、休日出勤しまくりの日々でした。
その間、エッセイの仕事は多少続けていたものの、小説はいっさい書く余裕がなく。それだけ長い期間小説を書かないでいるのはデビュー以来初だったので、大丈夫なのかなという点も、けっこうつらかったですね。
全部嫌になってしまった
――実際、書き終えた後は?
次の連載の仕事がすぐ後に決まっていたのですが、資料を読んで構想を膨らませたり、書き進めたりといった、源氏の前にはすらすらできていたことができなくなっているのに気づきました。新聞連載なので毎日書くには書くけれど、どうも調子が戻らないないな……と。
仕事に対する考え方や、小説観、書きたいものも変わってしまったのだと思います。以前ならいろいろな案件を同時進行しながら、自分の気持ちが追い付いていなくても書けましたが、そんなことをしたくなくなっていた、全部嫌になってしまった、という感じです。
源氏の何が自分にそう作用したのかは、結局今でもわからない。でも、すごく大きく変わってしまったのは確かです。
後編:「全部嫌になった」角田光代、34年目の働き方改革
長瀧 菜摘:東洋経済 記者
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