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「藤井聡太を"人間"にした男」伊藤匠の背負う宿命 「同世代棋士が無敵の王者を破ったこと」の意味

東洋経済オンライン / 2024年6月29日 14時0分

デビュー時からプロ間での評価も高く、「序盤の精度はすでにトップレベル」との声も聞かれた。もし藤井がいなかったら、伊藤は間違いなく将来の棋界の第一人者として期待されただろう。そんな彼が生まれるわずか3カ月前に、将棋史をことごとく塗り替えていく男が生を受けていたのは、宿命なのだろうか。

「藤井聡太も“人間”だった」

今回の伊藤のタイトル奪取を、プロはどう見ているのか? 日本将棋連盟常務理事の森下卓九段に話を聞いた。森下は羽生善治の七冠時代に挑んだ棋士であり、タイトル戦の挑戦者に6度なっている。

「私は実力的には、伊藤さんが勝っても何の不思議もないと思っていました。ただ、最初に勝つということは大変なことなんです。今から28年前に羽生さんが七冠を制覇したとき、誰もが精神的に『勝てない』という気持ちがあった。羽生さんは神に近い存在だと、どこか潜在意識に刷り込まれてしまうんですね。

藤井さんにしても『AIを超えた』とか『神の一手』とか、そうした言葉があふれることで、知らず知らずに対戦する相手も暗示にかかってしまうんです」

もちろん羽生、藤井の実力が抜けていることには違いがない。ただ森下は、それだけでなく周囲の雰囲気が、さらに勝ちづらくなる状況を生んでいるというのだ。

伊藤はこの半年間に竜王戦、棋王戦、叡王戦と3つの棋戦で挑戦者になった。1つのタイトルに挑戦するだけでも大変な中で、この実績は彼がトップ棋士への階段を上り詰めていることを表している。

デビュー1年目頃に言われたのは、序盤の精度に比べて、まだ終盤がトップ棋士とは差があるということだった。だが今回の叡王戦では伊藤の終盤での逆転が光った。注目すべきは、第5局の感想戦で藤井が自らのミスを認めながらも、「伊藤さんの力を感じた」と発言したことである。森下は言う。

「人間とAIの終盤は違うんです。AIの終盤は読む力、計算力のみなんですけど、人間の終盤はその人の醸し出している雰囲気も大きい。

たとえば、谷川浩司十七世名人の全盛時に“光速の寄せ”という表現がありました。相手が一緒になって負かされてしまうような状態になる。“2人がかりで寄せる(玉が詰まされる形になっていく)”とまで言われました」

圧倒的な力を感じさせることで、相手が自ら吸い寄せられるように終局に向かってしまうというのだ。

「終盤力は、やっぱり戦っていく中で強くなっていく。藤井さんと連戦してきて、伊藤さん自身の力がついただけでなく、周りの棋士からの『彼が指すなら正しい』という信用もついたんじゃないでしょうか。何よりも最強の相手と戦い続けることで、迫力も増していきます」

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