「藤井聡太を"人間"にした男」伊藤匠の背負う宿命 「同世代棋士が無敵の王者を破ったこと」の意味
東洋経済オンライン / 2024年6月29日 14時0分
今回の伊藤のタイトル奪取で、棋士たちの意識はどう変わっていくのだろうか?
「七冠の羽生さんから三浦弘行五段(現九段)が最初に棋聖を奪ったとき、他の棋士たちに『自分にも勝てるんじゃないか』という意識が芽生えた。今回伊藤さんが勝ったことによって、藤井不敗という神話が崩れたことは大きい。どこか人智を超えた存在だったものが、藤井聡太といえども『生身の人間なんだ』と思えるわけです」
藤井さんにミスをさせるというのは、すごい技術
伊藤と同じ宮田門下で、4歳上の兄弟子である斎藤明日斗五段は叡王戦第5局の中継を固唾を飲んで見つめていた。
「リアルタイムで観戦し、本当に驚いて受け止めています。藤井さんはタイトル戦では無敵の雰囲気が漂っているところがあり、そこを伊藤さんが最初に崩したという意味で驚きを隠せない感じですね。
もちろん、弟弟子に先をいかれたという意味では悔しさもあります。でも、普段から将棋を教えてくれている伊藤さんが今回タイトルを獲られたのは、自分にとってもすごい希望になりました」
斎藤は小学生時代から三軒茶屋の教室で、弟弟子の伊藤や兄弟子の本田奎六段と研鑽を積んできた。本田は2019年に棋王戦で挑戦者になり、斎藤は2022年度の年間勝率で藤井聡太に次いで棋士全体の2位につけた実績を持つ。3人の若手俊英が揃う宮田一門は、“三軒茶屋の三兄弟”とも呼ばれる。
「藤井さんがいつも通りではないという雰囲気も、少しはあったかもしれません。ただ、藤井さんにミスをさせるというのは、すごい技術だと思います。伊藤さんの局面を難しくさせる力や、粘り強い持ち味が発揮できたのだと思う」
今回の伊藤の勝利がもたらしたものはなんだろうか?
「やはり藤井さんも人間で、調子の良し悪しがあり、安心したというのは変ですけど、そういう一面もあるということを感じました。それは元からあったのかもしれませんが、今までは調子が悪いときにしっかり咎められる人があまりいなかった。今回のシリーズは、伊藤さんが藤井さんの人間らしい部分を引き出した印象がありましたね」
これからの将棋界の展望について、前出の森下は言う。
「今回、藤井さんは叡王を奪われましたけど、よほどの天才が現れない限り、4つ、5つのタイトルをつねに持っているような状況が続くと思います。誰が追ってくるか、というのが注目になりますね。
藤井さんは、羽生さんと同じで精神的にすごくタフでラフなんです。そして体力もある。2人とも将棋は理詰めですが、このメンタルによって“喧嘩ファイト”がめちゃめちゃ強い。
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