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鉢合わせた正妻と愛人、祭見物で勃発した「事件」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵②

東洋経済オンライン / 2024年6月30日 17時0分

鉢合わせた正妻と愛人、祭見物で勃発した「事件」

輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。

NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。

この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 2 』から第9帖「葵(あおい)」を全10回でお送りする。

22歳になった光源氏。10年連れ添いながらなかなか打ち解けることのなかった正妻・葵の上の懐妊をきっかけに、彼女への愛情を深め始める。一方、源氏と疎遠になりつつある愛人・六条御息所は、自身の尊厳を深く傷つけられ……。

「葵」を最初から読む:光源氏の浮気心に翻弄される女、それぞれの転機

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若い者たちが騒ぎ立てはじめ

日が高くなってから、あまりあらたまった支度もせずに一行は出かけた。隙間もなく物見車が立ち並んでいるので、一行は華々しく何台も牛車(ぎっしゃ)を連ねたまま、立ち往生する羽目になった。身分の高い女たちの乗った車が多い。身分の低い者のいない場所を選び、そのあたりの車を立ち退(の)かせていると、その中に、少々使い古した網代車(あじろぐるま)があった。牛車の前後に垂れる下簾(したすだれ)も趣味がよく、下簾の端から少し見える乗り手の袖口、裳(も)の裾、汗衫(かざみ)も、着物の色合いがうつくしい。そんなふうに、わざと人目を避けたお忍びであることがはっきりとわかる車が二台ある。

【図解】複雑に入り組む「葵」の人物系図

「これはけっして、そんなふうに立ち退かせていいお車ではない」と従者はきっぱりと言い、手を触れさせない。

しかしこの一行も、葵の上の一行も、どちらも若い者たちが酔いすぎて、どうにも止めようがないほど騒ぎ立てはじめる。年配の、分別ある従者たちは、「そんな乱暴はよせ」と止めるが、制しきれるものではない。

この一行、斎宮の母である六条御息所が、あまりにもつらい悩みから少しでも気を晴らそうと、お忍びで出かけた車であった。御息所のほうは、そうとは気づかれないようにしているが、葵の上方の従者たちは自然と気づいてしまった。

「それしきの者の車にえらそうな口を叩(たた)かせるな。源氏の大将殿のご威光を笠(かさ)に着ているんだろう」などと、葵の上の従者たちは当てこすりを言っている。葵の上の一行には光君方の者も混じっていて、御息所が気の毒だと思いながらも、仲裁などしてもっと面倒なことになっても困るので、みな知らぬ顔をしているのである。とうとう従者たちは葵の上の一行の車を立て続けに割り込ませてしまい、御息所の車はおのずと後方に押しやられてしまうかたちとなった。

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