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国枝慎吾「金メダル4回」叶えたメンタルの鍛え方 こうして車いすテニス界のレジェンドになった

東洋経済オンライン / 2024年8月3日 15時0分

恥ずかしさが先に立ったが、眼光鋭いアンの表情を読み取ると、妥協するムードは一切ない。「これは手ごわいぞ。やりきるまで終わらないな」。

半ばやけっぱちだった。恥を捨てねばという覚悟を決めた国枝は、大声で叫んだ。

「オレは最強だ!」

言霊の誕生だった。

この日以降、この呪文を唱えるのが日課になった。朝、トイレに行ったときに鏡の前で声に出した。コート上ではラケットにシールで貼って目に入るようにした。常に最強というオーラをまとえ、というアンの教えを忠実に守った。

誤解されがちな「呪文」の真意

国枝は、この呪文の誤解されがちだった部分について振り返る。

「『オレは最強だ!』の認知度が上がるにつれて、国枝慎吾って自信過剰なんじゃないかって思われがちだったんですけど、どちらかというと逆です」

テニスの3セットマッチだと、所要時間は2~3時間。その間、ずっと強気でいられるわけではない。対戦相手が実力的に劣っていても、大抵、相手に試合の流れが傾く時間帯がある。弱気は失敗を引き寄せがちだ。心をクールに保ちつつ、「最強だ!」と叫びながら打つことで、流れを奪い返せることが多いという。

試合だけではない。日常の積み重ねである練習でも、惰性に流されがちな瞬間が訪れる。そんなとき、「世界最強の選手は怠けたりしないはずだ」と自分を鼓舞することで、練習の質を高く保てる。

一般的に、メンタルトレーニングと聞くと、心を強くするイメージがある。しかし、国枝の考え方は違う。

「メンタルを強化するとは、メンタルのテクニックを身につけることだと気づいたんです。『オレは最強だ!』を唱えて、自分を奮い立たせるのも、『サーブを打つ』『ボレー、スマッシュを放つ』『フォアハンドとバックハンドでコースを自在に打ち分ける』といった技術と変わらないという発想です」

心の安定を保つためには、ルーティンも効果がある。ファーストサーブのときは打つ前に2回ボールをつく、セカンドサーブなら4回。連続で失点したときは、ひと呼吸置くためにタオルを取りに行って、1回顔をぬぐう。

「気持ちをリセットすることで、心を安定させるのも、技術だと考えていました」

すべては最高の状態でトーナメントに臨むために

アンの指導はメンタル面にとどまらなかった。国枝は言う。

「アンの肩書はメンタルトレーナーではないんです。ピークパフォーマンスのスペシャリスト。2年とか4年先と中長期の計画を立てて、目標に置いたトーナメントで最高の状態に持っていくために、逆算して準備していく。さらにフィットネス、栄養面の知識も豊かなので、勉強になりました」

2006年の全豪オープンでも、さっそく言われた。「試合の合間にバナナを食べなさい」。試合が終わると、「30分以内に必ず何か栄養分を補給しなさい」とアドバイスされた。

2008年の北京パラリンピックの齋田悟司とのダブルスで銅メダルを取ったときは、すでに深夜でプレーヤーズレストランに食べるものがない状況だった。翌日にシングルスの試合が控えていた。

そのとき、国枝に付き添っていたアンが、誰かが持っていたカップラーメンを見つけて、国枝に食べるように促した。栄養摂取にも最善を尽くしなさい。このアドバイスは現役時代を通じて、常に諭され続けた。

国枝 慎吾:元プロ車いすテニスプレーヤー

稲垣 康介:朝日新聞編集委員

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