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パリ五輪「誹謗中傷やめない人」の驚く"思考回路" 「嫌ならSNSやめろ」と言う人に知ってほしいこと

東洋経済オンライン / 2024年8月3日 10時0分

なぜ、会ったことがない、よく知らない人を誹謗中傷してしまうのか。

それは裏を返せば、「会ったことがない、よく知らない人だから誹謗中傷してしまう」ということ。さらに五輪に関しては、「その競技にさほど詳しくない人びとも見ているから」という理由が加わってきます。

たとえば、普段からその競技を見ている人を除けば、「日本人選手の対戦相手をよく知っている」という人は少ないでしょう。知らないから、相手の気持ちや立場をふまえることなく感情にまかせてコメントできるし、自分におよぶリスクが少ないこともわかっています。

実際、柔道のガリゴス選手を誹謗中傷した人は「スペイン人の彼から訴えられることはないだろう」と思っているのではないでしょうか。

阿部詩選手に厳しい声を浴びせた人も同様に、彼女のことをよく知らないからでしょう。これまでの努力や苦しい日々を知らないのは仕方がないとしても、残念なのは「敗戦のショックや悔しさを理解しようとしない」という不寛容な姿勢。

もともと人間には「勝負事に負けた人、落ち込んでいる人、泣いている人などを軽く見てしまう」という心理傾向があり、しかもこれまで成功してきた人や努力を重ねてきた人に対してはその傾向が加速します。

しかし、「負けた選手は叩いてもいい」「勝てるはずなのに負けた人にはこれくらい言ってもいい」という思考に陥りがちな人ほど、自分の弱さも自覚しているもの。

日ごろ自分が「あまり努力していない」「勝利を目指して必死に戦っていない」ことをわかっているからこそ、それをしてきた彼らの失敗や疑惑に過剰反応してしまうのです。

自分を棚に上げているだけに「この言葉で相手はどう思うのか。傷つけたりしないか」という優しさはありません。

逆に阿部詩選手ほどではなくても、努力を重ね、勝負に挑んでいる人は、彼女に厳しい言葉を浴びせることはないでしょう。むしろ、「あれだけ泣けるのは『絶対に勝てる』と思えるまで努力し、必死に戦ったから」という見方になるものです。

「タイパ」「コスパ」重視の人は要注意

これは選手に限らず審判などの関係者も同様。彼らが「パリ五輪という大舞台で審判を務めるためにどのような努力を重ね、実績を積み上げてきたのか」を知っている人はほとんどいません。

もし審判がミスをしてしまったとしても、その多くは一定数起こりうるヒューマンエラーにすぎません。本質的な問題はヒューマンエラーにつながったルールや体制の不備、機器の不足であって審判個人ではないでしょう。

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