妻の死に直面した光源氏が女たちに吐露した心境 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵⑦
東洋経済オンライン / 2024年8月4日 17時0分
夫婦とは不思議なものだ
「雨となりしぐるる空の浮雲(うきくも)をいづれのかたとわきてながめむ
(妹は煙となって空に上ったが、この時雨れる空の浮雲のどれがいったいその煙だろう)
妹はどこへ行ってしまったのだろうね」
とつぶやく中将に、
見し人の雨となりにし雲居(くもゐ)さへいとど時雨にかきくらすころ
(亡き妻が雲となり雨となってしまった空も、時雨降る冬になり、ますます悲しみに閉ざされてしまう)
と光君は詠む。心底悲しがっているふうなので、夫婦とは不思議なものだと中将は思う。生きている時はそれほど愛情を持っているとは思えなかった。そのことについて桐壺院(きりつぼいん)からも見かねて仰(おお)せ言(ごと)があり、左大臣の厚意ある世話もあり、桐壺院の妹である母宮との間柄もある、そうしたことに縛られて葵の上から離れられないのだろうと思っていた。気の進まない結婚をやむなく続けているのだろうと、気の毒に思うこともしばしばだった。けれど、本当にたいせつな正妻として格別に重んじていたらしいと気づかされ、中将は今さらながらに妹の死が無念である。世の中から光が消えてしまったような気がして、ひどく気落ちしてしまう。
枯れた下草の中に竜胆(りんどう)や撫子(なでしこ)が咲いているのを見つけ、光君は仕えの者にそれを折らせた。中将が立ち去ると、光君は若君の乳母(めのと)である宰相の君に、母宮宛ての手紙を託した。
「草枯れのまがきに残るなでしこを別れし秋のかたみとぞ見る
(下草の枯れた垣根に咲き残る撫子を、過ぎ去った秋の形見と思って見つめています)
母上にはやはり、亡き母である葵の上のうつくしさに、若君は劣って見えるでしょうか」
若君の無垢(むく)な笑顔はじつに愛くるしい。風に吹かれて散る木の葉より、もっと涙もろい母宮は、光君の手紙を読んでこらえきれずに涙に暮れる。
今も見てなかなか袖(そで)を朽(くた)すかな垣ほ荒れにしやまとなでしこ
(お手紙をいただいた今も、若君を見て、涙で袖が朽ちるようです。荒れ果てた垣根に咲く撫子──母を亡くした子なのですから)
朝顔の姫君から来た返事
どうしてもさみしさの拭えない光君は、この夕暮れのもの悲しさはきっとわかってもらえるだろうと、朝顔の姫君に手紙を送る。ずいぶん久しぶりだったけれど、いつものことではあるので、姫君に仕える女房たちは気にすることもなく手紙を見せた。今の空の色と同じ唐(から)の紙に、
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