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妻の死に直面した光源氏が女たちに吐露した心境 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵⑦

東洋経済オンライン / 2024年8月4日 17時0分

「今さらどうにもできないことは、闇に閉ざされたような心持ちにはなりますが、仕方のないことです。けれどあなたさまがこのお邸(やしき)を見限って、ふっつりいらっしゃらなくなることを考えますと……」と、もう言葉が続かない。それを見て胸が痛み、光君は言う。

「見限るなんてことがあるものか。よほど私が薄情な人間だと思っているのだね。もっと長い目で見てくれれば、きっとわかってもらえるのにな。けれどこの私だって、いつどうなるかわからないからね」

と、灯火を見つめる目元が涙に濡れて、神々しいほどうつくしい。

葵の上がとくべつかわいがっていた幼い女童(めのわらわ)が、両親もおらず、じつに心細そうにしているのに気づいた光君は、それも無理ないことと思い、

「あてき、これからは私を頼らなければならなくなったね」と声をかけると、童は声を上げて泣き出す。ちいさな衵(あこめ)をだれよりも黒く染めて、黒い汗衫(かざみ)や萱草(かんぞう)色の袴(はかま)を身につけて、ずいぶんとかわいらしい。

心細くてたまらない女たち

「昔を忘れないでいてくれるなら、さみしいのをこらえて、まだ幼い若君を見捨てずに仕えてください。生前の名残もなく、あなた方まで出ていってしまったら、こことのつながりも切れてしまうだろうから」

と、みなが気持ちを変えないようにあれこれと口にするが、さてどうだろう、光君が訪れるのもますます途絶えがちになるかと思うと、やはり女たちは心細くてたまらない。

左大臣は、女房たちの身分によって差をつけながら、身のまわりのものや、格別な葵の上の形見の品を、あまり仰々しくならないように気をつけて、みんなに配った。

次の話を読む:8月11日14時配信予定

*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです

角田 光代:小説家

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