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女子ボクシング「性別をめぐる論争」の最大の問題 観戦する側にも求められる「リテラシー」とは

東洋経済オンライン / 2024年8月9日 14時30分

推定に基づき性別検査を実施し、根拠を明確にしないまま、1回の会議だけで決定してしまっています。しかも、今年のオリンピック大会になってから、身体状況に関わる情報を本人の了解なくIBAは暴露してしまったのです。この全体像が人権侵害であり、選手の権利の侵害を疑わざるをえないものにしています。

本来であれば、大会前に基準が公表されていなければならないし、その基準やルールの妥当性が検証されている必要があります。そして、公平か否かを判断するためには、一定の競技レベル以上のボクサー全員の身体状況について客観的に判断できるデータが必要なはずですが、失格とした2人だけの検査結果のみで行っています。このやり方が、科学的な手続きとして成立しているのかどうかすら、判断できない状態です。

IBAの抗議に巻き込まれた選手たち

今回、IBAは昨年世界大会で失格となった2選手を出場させていることに対して、IOCを非難しています。しかし、IBAの基準や手続きに疑念があるだけでなく、そもそもガバナンスや不正・八百長などを理由にIOCから統括団体としての承認を取り消され、大会の運営に意見を提示できる立場にありません。

IOCによる承認取り消しをめぐる不満もあって抗議声明を出しているのかもしれませんが、だからといって、ボクシングの競技統括団体が選手の人権を踏み台にして自組織の抗議をすることは、競技団体の在り方として問題だと言わざるをえません。

こうした中で、スポーツを観戦する側はどう向き合ったらいいのでしょうか。

スポーツの楽しみの中には、身体的な有利・不利を超えて工夫し、勝利を目指すという部分が含まれます。わかりやすい例では、平均身長では日本の選手にとって身体的に不利にみえるバスケットボールやバレーボールがあります。体格の大きさや強さでアジア圏の選手が不利にみえるスポーツもあります。

それでも、バスケットボールでは、スリーポイントシュートの精度を高めたり、サッカーでは他のチームにはない組織力を活かしたりと、スキルや戦略で身体的な差を埋めて勝利することに、爽快な面白さを感じるファンは多いのではないでしょうか。ところが、男性、女性という性別が関わった瞬間に、私たちはそうした面白さを見失ってしまいがちです。

そういう中で観戦する側に求められるのは、どういう規定やルールが自分たちの競技を一番面白くするかを真剣に考えている関係者たちが悩みながら定めた基準をまずは冷静に見守ること。そして、そのルールが暫定的なものだったとしても、それにのっとって選ばれた選手は、同じように讃える。それが観戦する人のなすべき、選手たちの努力に払うべき敬意ではないでしょうか。

凄まじい努力をして出場している

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