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理想的に育った「紫の姫君」が、心から傷ついた夜 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵⑨

東洋経済オンライン / 2024年8月18日 17時0分

理想的に育った「紫の姫君」が、心から傷ついた夜

輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。

NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。

この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 2 』から第9帖「葵(あおい)」を全10回でお送りする。

22歳になった光源氏。10年連れ添いながらなかなか打ち解けることのなかった正妻・葵の上の懐妊をきっかけに、彼女への愛情を深め始める。一方、源氏と疎遠になりつつある愛人・六条御息所は、自身の尊厳を深く傷つけられ……。

「葵」を最初から読む:光源氏の浮気心に翻弄される女、それぞれの転機

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紫の姫君との再会

二条院では、部屋という部屋を掃き清めて、男も女もみな光君を心待ちにしている。身分の高い女房たちも今日はみな顔を揃えていた。見劣りしないようそれぞれはなやかな衣裳を身につけ化粧をしている女たちを見ると、左大臣家でずらりと並んで、悲しみに沈んでいた女房たちが痛ましく思い出される。装束を着替え、光君は西の対(たい)に向かった。冬に向けて整えられた部屋は、明るくすっきりとしていて、うつくしい若女房や女童(めのわらわ)たちもみなきちんとした身なりをしていて、少納言のはからいに光君は感心する。

【図解】複雑に入り組む「葵」の人物系図

紫(むらさき)の姫君も可憐(かれん)に着飾っている。

「長いことお目に掛からないうちに、びっくりするほど大人っぽくなりましたね」と、ちいさな几帳(きちょう)の帷子(かたびら)を引き上げて顔を見ると、恥ずかしそうに横を向くその姿は、非の打ちどころがない。灯火に照らされた横顔、髪のかたちも、心のすべてで慕っているあの方とまったくそっくりではないかと、光君はうれしくなる。紫の姫君に近づき、会えずにいて気掛かりだったあいだのことをあれこれ話した後に、

「これまでにあったことをゆっくり話してあげたいけれど、縁起が悪いようにも思うから、少しあちらで休んでからくるよ。これからはずっとそばにいるから、私のことが嫌になるかもしれないね」と、こまやかに話して聞かせる。それを聞いて少納言はありがたく思いながらも、やはり不安を感じずにはいられない。お忍びでお通いになる尊い身分の女性たちがたくさんいらっしゃるのだから、いつ紫の姫君のかわりとなる厄介な姫君があらわれるかと心配でならないのだが、……それもずいぶん憎たらしい気のまわしようだこと。

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