表示数稼ぎの過激投稿、ネットから消えぬ根本原因 私たちの「関心」が経済的価値を持つジレンマ
東洋経済オンライン / 2024年8月26日 16時0分
この調査によれば、モバイル革命の始まった2000年以降、人間の平均的注意持続時間が、12秒から8秒に低下しているという。さらに、国連文書は、「私たち」の「集合的な注意力(collective attention)」も「加速度的に短く」なっており、それが社会的・政治的問題に関するより貧しい理解につながる可能性があると指摘している。
「クリックを得る=いいこと」という風潮
これまでざっと見てきたように、現在の情報空間で起きているあらゆる病理現象が、アテンション・エコノミーという、プラットフォームのビジネスモデルと関連していることがわかる。
国連文書やEUのDSA、偽情報など情報空間の現代的課題を扱う総務省の検討会(「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」〔座長・宍戸常寿東京大学教授〕)でも、このような認識はすでに共有されている。
それにもかかわらず、アテンション・エコノミーの怪物化はさらに進行しているように見える。「バズらせる」という言葉は無邪気に多用され、「クリックを得ること=いいこと」という風潮は、すでに社会文化の一部を形成しつつあるようにも思える。
アテンション・エコノミーという怪物は、人間の認知システムを刺激してドーパミンの分泌を促し、短期的には「快楽」を与えることで、私たちの心を飼い馴らし、抵抗を回避して遍在化する性格を有している。
ショート動画に没入したり、エコーチェンバーの中で気の合う者と連帯して他者を罵倒、攻撃したりする者にとって、怪物の作り出す世界は、酩酊の神・デュオニソスが統治する陶酔の空間であり、民主主義的世界よりもはるかに快適である。
彼らにとって、真実を伝え、民主主義の重要性を説くような報道は、陶酔や酩酊を妨げる道徳的ノイズでしかない。怪物の外にある“素面”の世界は、彼らのなかでは忘れ去りたい茨の世界なのである。
民主主義社会は強大な怪物に飲み込まれつつある
この、AIを手に人間の動物的・自然的側面を司る怪物との闘いは、神との闘いにも似た難しさを有している。私たち人間にとって、あるいは民主主義にとって、アテンション・エコノミーは、超強力なラスボス的な怪物であることは間違いないだろう。
私たちは、「アテンション・エコノミー」という言葉を得たことで、ようやくこの怪物の尻尾を掴むことに成功したが、そのことで皮肉にも浮かび上がってきたのは、その強大さである。私たちは、あるいは民主主義社会は、いまやこの強大な怪物に飲み込まれつつある。
私たちの大切な時間やアテンションを暴食しつつ成長するこの異形を前に、ただ立ち尽くすのか、楽な闘いでないことを知りながらも対決するのか。
周知のとおり、日本国憲法は、私たちの基本的人権を保障し、民主主義を統治の基本原理としている。特に、表現の自由を保障する憲法21条は、受け手(ユーザー)が自律的・主体的にさまざまな情報を摂取できるという「知る権利」をも保障していると考えられている。民主主義の実現とともに、こうした「知る権利」の実効的保障のためにも、アテンション・エコノミーの弊害を抑えた健全な情報空間の実現が必要だろう。
山本 龍彦:慶應義塾大学大学院法務研究科教授
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