新幹線開業以外も激変「福井の鉄道」60年の記憶 SLから私鉄新型車まで、撮り続ける故郷の列車
東洋経済オンライン / 2024年9月14日 7時0分
そのころ福武線に乗るのは三十八社駅が最寄りの親戚の家を訪れるときが主だったが、この駅は普通電車しか止まらない。急行の200形に乗るために、わざわざ途中まで急行で行って普通に乗り換えたものだった。200形は2023年春に美しく修復されて「北府駅鉄道ミュージアム」に保存されており、この塗装再現は筆者の撮影したフィルムの色彩を元にしている。
中学校卒業後に名古屋に移り、さらにその後アニメーション制作会社へ就職して東京に住むようになってからも、お盆と年末年始の帰省の際には福井の鉄道を記録していた。
昭和40年代前半、鉄道撮影の主なターゲットは姿を消しつつあった蒸気機関車(SL)だった。全国各地の路線でSLを追ったが、福井でとくに撮影したのは越美北線だ。同線では8620形が活躍しており、その均整の取れたスタイルに魅せられて帰省のたびに記録を続けた。
消えゆくSLとともに、北陸本線を走る特急・急行列車も重要な被写体だった。特急「雷鳥」や「しらさぎ」「白鳥」「加越」、そして急行「ゆのくに」「立山」「兼六」など、当時の北陸本線はまさに特急街道と呼ぶにふさわしい路線だった。
特急はグリーン車2両に食堂車を連結した長大編成で北陸路を駆け抜けた。生まれて初めて乗った国鉄特急が、在来線時代の「こだま」だった筆者にとって、ボンネット型の特急が北陸本線を走る姿は強い印象が残っている。
特急は1978年10月ダイヤ改正(ゴーサントオ)以降、ヘッドマークがイラスト入りとなり、当時「ケイブンシャの大百科」取材で全国の特急やブルートレインを追っていた筆者はさまざまな列車を撮影した。北陸本線を走る特急列車はJR化後も重要な被写体であり続けた。
廃線のショック、そして新時代へ
だが1980年代の国鉄末期は、鉄道の衰退を感じる時期だった。特急は2両あったグリーン車が1両に減り、食堂車も廃止された。12両の長編成を誇った列車が8両に減車された姿は寂しかった。撮影を通じて「廃れていく国鉄」を強く実感させられた。
さらに、全国で国鉄ローカル線の廃線問題が浮上する中、筆者の原点ともいえる福鉄の南越線が1981年に全線廃線となったのは、福井の鉄道を60年以上見続けてきた中でもとくにショックの大きな出来事だった。
1987年の国鉄分割民営化・JR発足後は、北陸路も少しはにぎやかさを取り戻した感があった。特筆すべきは、1989年に登場した「トワイライトエクスプレス」だ。招待を受けて初の運転に乗車したが、ホテルのようなスマートなサービスの豪華寝台特急が北陸を走ることは感慨深かった。JR化後、運行中は福井に帰るたびに撮影していた列車だ。1995年に「雷鳥」に投入された681系も優れた車両だと感じたが、北陸本線の文化でもあった「雷鳥」の名を「サンダーバード」に変える必要はなかったと思う。
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